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4/12/2012

心霊現象の科学をめぐってーその14 生き霊など

心霊現象の科学をめぐってーその14 生き霊など

 Rogo はちょっと中休みさせてもらって、少し関係ある別な話をさせていただきます。

 ”源氏物語”でもっとも有名な話のひとつが、夕顔を死なせる原因ともなった六条御息所の”生き霊”が夕顔にとりつく話です。六条御息所自身は自覚しないうちに、 生き霊になって嫉妬心から夕顔を殺してしまうわけです。つまり生き霊にあったショック死のようなかたちで。

 わたしは、まあ、小説だし、昔のことだから、と思っていましたが、現代の超心理学の Out-of-Body-Experience などから、本当に ”生き霊” のかたちで、しかも本人が知らないうちに、そういう現象が起きるということを知り、昔の迷信とか因習とかを馬鹿にしてはいけないとつくづく思いました。

 最近、10年ほどの間に水を凍らせて、結晶をある種の顕微鏡で調べると、よい水は立派な、雪の結晶のようなかたちをしているが、汚染した水そのほか、問題のある水は凍らせて顕微鏡で見ても結晶の形がまともでないとかという話を聞きました。ちいさな写真入の本を二冊ほど読んで、それが本当の話なら、自然な水と、汚染した水を区別するひとつの目安だと思いました。

 その本の中に、或るダムの水に藻か何かが異常繁殖してよごれているところで、あるお寺のお坊さんがお祈りをしたところ、きれいになった、それが水の結晶写真でわかったと書いてありました。

 それを読んで、わたしは紫式部日記の冒頭で中宮彰子の安産を祈る読経の声がきこえるという話を思い出しました。病気など致命的な場合は祈っても無理であったに違いないのですが、場合によっては、祈る事によってある種の効果があったのかもしれないな、と思ったのです。

 現代のサイキックの中にはHealing Power をもったものが、本当に居て、あるていどの効果はあるようです。

 たとえば、Hereward Carrington というロンドンの心霊科学の研究協会のメンバーで、生涯をその種の現象の解明に努力したドクターは、
”Your psychic powers and How to develop them” という本を1920年に出版しています。
わたしが持っているのは1975年出版のものですが。New Castle Publishing Company.

 その中で、こういう話を書いています。

 あるサイキックな女性が、死んだ生物のからだを指で毎日20分ほどさわっていました。それを2-3週間続けたら、各種の死んだ動物が腐敗していかないで、つまりバイキンがみな死んでしまって、自然に風化していき、ミイラのようになったが、くさらなかったという話で、これは何人もの各種の科学者が事実だと証言していると書いてあります。それができたのは、Carringtonによると、人間のもっているHuman Fluid がサイキックの手から別の生物に移動していって、死んだ生物に取り付いたばい菌は死んでしまい、病気の人は元気になる、つまり人間にはそういう能力があるということを言って、How to develop というわけですが、これは事実だと思います。だから、何も医者でないと病気が治せないというのではなく、昔も今もサイキックな人が居たわけで、Healerがなおすというようなことも、ありえたであろうと思われます。

 そこで、この本の中に、Rogoの話とも関係してくる話がでてきます。
とても面白い、驚くべき話です。

 Thought Forms: How They Are Built-Up という小見出しがついています。 P222.
ある透視の能力を持っている人が或る人の友人の家をそのサイキックの能力で訪問して(Out-of-Body のようですが、この場合はClairvoyant透視的におとずれて)、彼女が見つけた人がどういうひとか、具体的に示しなさいという課題を与えられ、そのサイキックはあるひとのイメージを具体的に(髪、目、姿かたち、その他、)示したところ、その家にはそのようなひとは住んでいない、残念でした、はずれ、といわれました。その間違いを証明するために、サイキックとつれだって、その友人の家を訪問したところ、たしかに、その友人というのは彼女の描いた人物とは全然違ったわけでしたが、実はサイキックが描いた人物像は、今、彼が創作している中心人物のイメージにぴったりだということがわかったということでした。ということは、何を意味するのか。その作家のThoughts考えが具体的なイメージでリアルに創造しているので、そのFictionの人物が客体的な物質のような存在として、サイキックが把握できるようなかたちで、存在していたということ、つまり、”Thoughts are things"ということ。つまり、人間が考えたものが、リアルに形を持ち、他の人間が客観的存在として把握できるほどだということです。

 これは、まさに前回のRogo の話に通じるわけで、実例を挙げた Arthur Machen の Bowmen にもあてはまるわけです。

 この Thoughts が Things だという命題は今の科学者にはすぐには信じられないはなしにちがいありません。科学は或る領域では、非常に進歩しましたが、こうした、Rogoが言う Haunted Universe と思えるような、今の科学で言う超自然的現象を扱うには、まだ科学は幼児期にあるということかもしれません。

 このThoughts = Things ということの証明のようなケースが、有名な Fairiesの写真の話で、写真の技術的なトリックではなくて、Fairies妖精が少女と一緒にうつっている写真に関して、シャーロック・ホームズの創作者コナン・ドイルがしらべて、”Coming of the Fairies"という本まで書き、これはトリックではない、本当にこの少女の周りに妖精が飛び交ったのを写真に撮ったものだというわけで、世間を驚かせ、最近では映画にまでなりました。少女と写真は本当なのですが、Rogo風にいうと、Fairiesは少女の想像力で生み出し、それがあたかも実在するかのように、この現実世界に客体的にあらわれた、つまりRogoのいうサイキックな現象であったわけで、今では、そのように解釈されています。名探偵ホームズの生みの親も、いっぱいくわされたといったところですが、あの時点では無理であったかもしれません。その少女のサイキック能力を詳しく調査して、ほかのものもイメージで実在へとうみだせるかどうか、などを調べれば、もうすこし調査が必要というところまでいったかもしれません。

 もうひとつ、重要な事実があります。

 Edgar Cayce (エドガー・ケイシー)の話のひとつですが、わたしは、これはすごいと思いました。
夢の話です。ケイシーはあるひとが夢見て、忘れてしまった夢にアクセスでき、その夢の意味を解明したという話です。夢などほとんどのひとは、忘れてしまうわけですが、1953年のREM期発見以来、人間は誰も一晩に数回夢を見ている、夢を見ないというひとは、忘れて覚えていないだけで、そういひとは、サイキックではない、夢を大概覚えている人は(たとえば鎌倉仏教で有名な明恵上人ー夢日記をつけた)非常なサイキックである可能性が強いとかといいます。
そして、ケイシーはあるひとの、すべての夢にアクセスして、その夢の意味を解明できたといいます。

 これは、何を意味しているのでしょうか。よくいわれるように、人間が行うすべては、まるで、記録装置が稼動しているみたいに、すべてAkashic Recordに記録されているということのように思われます。そして、ケイシーが夢にアクセスできるということは、夢も客体として実在しているもので、はかなく消えてしまうものではないのです。消えてしまうのはそのひとの記憶で、Recordとしては残っていて、能力のある人はそれにアクセスできるということです。ThoughtsがThings物として実在できるパワーをもっているように、Dream夢も客観的に、つまりその人の中にだけ存在するのではなく、他の、サイキックな能力を持った人が接することが可能な実体として存在するということです。

 まさにMind Over Matterが演出する、今の科学では解けない超自然な世界が実在するということを示しているのかもしれません。William James がインチキが何人いようと、ひとりでもある能力を示す人が居たら、それを真剣に探究しなければならないといった、そのひとりにあたるひとが、実は何人もいるわけですが、Edgar Cyce もそのホンモノのひとりだと思います。

 最後に、この Hereward Carrington は1930年ごろまでは、Evidence for survival is remarkably strong yet as to the existence of spirit world he fels after 35 years of investigation, unprepared to give final verdict.ということ、つまり彼の35年にわたる研究結果からみても、Life after Death に関する証拠は沢山あるように思うが、最後の確認宣言はまだできないといっていました。ところが、ここでもまた登場する Eileen Garrett という理想的な研究対象があらわれて(1933年)、1935年、彼はOur experiments seem to have shown the existence of mental entities independent of the control of the medium, and segregate and apart from the conscious or subconscious mind of medium. つまり、完全にMediumから独立したEntitiesが存在するということがわかった、ということで、肉体を離れたSpiritの存在を確認した、つまりLife After Death は事実だと確信するに至ったということのようです。これは私ムラタの意見ではありません。Carrington というResearcherの最後に到達した意見です。(Encyclopedia of Occultism & Parapsychology Edited by Leslie A. Shepard AVON Books, 1978)。この最後の項の英文引用はこのEncyclopediaからです。この本は情報が豊富で、Very Good です。Carringtonの上記の本が1920年出版とわかったのは、このEncyclopedaiのおかげです。わたしは1982年に購入していますから、もう30年も昔です。

 今日は、脱線したように見せながら、ものすごく重要なお話をしました。みな、Rogoの考える ”Haunted Universe” につながります。

 生き霊現象はありうるということ。
 或るサイキックはHuman Fluidを手から対象物に移動させてHealingをおこさせるという話。
 高僧の祈りは実際的なパワーを発揮するかもしれないこと。
 作家がイメージを描いたものが、実在して、超能力者はそれにアクセスできたということ。
 つまり、Thought思考、想像、すべてが、実在的なかたちをとりうること、物でありうるということ。
 夢でさえ、実在的な物で、やはり超能力者がアクセスできるかたちで、実在しているということ。

映画”Startrek IV” Voyage Home で、300年後には絶滅していたHumback Whaleを救助するためサンフランシスコに現れたCrewメンバーが、地球が20世紀の終わりでまだPrimitiveな科学段階であることを知り、300年ほどたたないと、彼らStartrekのレベルにならないことが、風刺されていましたが、本当にそうだと思います。まだまだ科学は発展するでしょう。

村田茂太郎 2012年4月12日  

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