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4/27/2014

SFV Bonsai Club 盆栽クラブ 2014年4月27日 例会報告

SFV Bonsai Club 盆栽クラブ 2014年4月27日 例会報告

 今日の盆栽クラブの作業は、あと2ヶ月に迫った盆踊り・盆栽ショーでのセールス用盆栽を用意する日で、プラスチックの鉢から、セールス用のPotに移す作業が主でしたが、その前に、PlantのTrimが必要で、この作業はすでに扱いなれたメンバーが担当し、わたしは今日の参加者のなかでも、一番Beginnerクラスなので、大事なTrimはタッチしないで、まず力仕事、重いPotsをケースからテーブルに運ぶ作業をやりました。そのあと、わたしも鉢植えを手伝い、すでに学んだ手続きで、いくつかのPlantsを鉢に移しました。

 土をまぜたり、盆栽に添える石を砕いたり、と皆さん分業体制で作業をすすめました。普段は特別に数名のメンバーが報酬つきでTrim作業などをすすめていましたが、財政的にも余裕がある状態ではないので、Volunteer精神の徹底ということで、今日一日で二日分の作業をおこなったため、今までで一番疲れる日となりました。

 こういうショー用の作業のときはLuncheonも会で用意したものですが、それもなくし、全員からお金を集めて、私がFast Foodsを買いに走りました。

 そして、作業は朝だけで終わらないため、テーブルはまだ作業中、したがって、ランチはマスター宅のFront Yardに、ピクニック並みにすわりこんだりして、それなりに和やかなランチを楽しみました。まぜごはんを用意してきてくださったひともいて、差し入れの丸いドーナツなどを味わいながら、腹ごしらえをすませました。

 昼からも、鉢植えの作業はつづき、できあがったPotはすべて水につけて空気抜きをやり、開いた場所に全部並べました。一日がかりの仕事となったはずで、100個以上の盆栽ができあがりました。これは、まだ第一段階で、6月末の盆栽ショーの前の週に、今度は商品として売る準備、つまり、きれいな砂などを入れて、さまになる盆栽にしつらえる作業が残っています。

 今日は、私は朝の8時前に家を出て、疲れて家に帰ったときには3時を過ぎていました。盆栽の日は、犬の散歩も早くしなければならず、朝おきるのも6時ごろです。

 次回は、第4週ではなく、Memorial Holidaysを避けて、第3週の日曜日、5月18日にChatsworthの会長宅に集まることになり、自分の盆栽と取り組みます。6月は第3日曜日、15日で、Carnival Obon Sales用の盆栽化粧・仕上げ取り組みをマスター宅で行います。

 今日は、13名ほどの参加者が居て、おかげで作業もはかどりました。

 先日、SFV JACCの会長から私宛に連絡があり、かつてどこかの盆栽クラブに属していて、つかうために購入したPotsがあまっているから、SFV Bonsai ClubにDonate寄付したい人が居るということで、わたしはありがたいことだと、感謝して、DonateされるというPotsを貰い受けることにしました。土曜日に約束して、JACCでお会いし、ありがたく頂戴しました。主に日本製のPotsで立派なものなので、メンバーの希望者に買い取ってもらって、入金はPlant, Pot, Wire、Sand、Soil購入の資金の一部にしたいと思っています。マスターも気を遣って、お礼にまともな盆栽を差し上げたいと考えておられ、それを実行できれば、わたくしも顔が立ちます。別に報酬を求めておられるわけでなく、完全にVolunteerでDonateされるということなので、余計に立派な盆栽ひとつ差し上げたいと思う次第です。わたしに、いい盆栽をつくれる器量があれば簡単なのですが、万年Beginnerのわたしにはとてもそういはいかず、マスターくらすの人の盆栽を期待する次第です。

 盆栽クラブはあまり若い人はいないのですが、そのために、メンバーその人の訃報に接する機会も多く、今日もあるメンバーの方が病気で亡くなられたという報告がありました。わたしは先週、私が18年近く働いていた会社の同僚・先輩が急に亡くなられたという知らせがあって、Memorial Serviceに参加しました。わたしは、この私のブログの中の”「心霊現象の科学」をめぐって”というエッセイで、わたしの理解するAfterlife Study の現段階を報告してきました。今、私はできるかぎり、多くの人に、霊魂不滅、Afterlife、光を求めて という話などをお知らせするようにしています。死は怖いものではなく、つぎのエネルギー・レベルへの移行であり、よりすばらしい世界がまっているということを知って、死を誰もが恐れることなく、喜んで送り出せるような認識レベルに達してほしいと願っている次第です。 Dr。Raymond Moodyも、自叙伝”Paranormal"で、Shared-Death-Experienceというものを説き、亡くなろうとする人が体験するNear-Death-Experienceをその病人の傍らに居る人も体感できるという話を説いており、今後は、みなの認識が深まれば、家族があたたかく死を待つ人を見送れるようになるだろうと期待しています。この盆栽クラブのマスタークラスのひとりと電話で話す機会がありましたが、ちゃんとDNR(Do Not Resuscitate-不要な延命策はしないでというメモ)をLiving Willに書いてあるとおっしゃっていたので、それは素晴らしいと安心しました。DNRがないために、生き返らないComaの状態で何年もとどまっているひともいて、それは本人にも家族・関係者全員にも大変な苦労で、医学の進歩はいいけれど、自然に死ねるチャンスを奪うのは問題だと思うのが私のStanceです。

 月一回の盆栽クラブの会合は、私には気分転換になり、いろいろな意味で素晴らしい会合だと喜んで参加しています。何人かの素晴らしい方たちと知り合うことができ、Everything happens for a reason. を確認しています。

村田茂太郎 2014年4月27日

マスター宅のおなじみ、池の鯉たち

まずPotsを準備


セールス用盆栽のTrim手入れ

Potへの植え替え準備





すこし盛りは過ぎたけれども見事なつつじがありました。


大事な空気抜きの作業、Potを水に沈めて余分な空気を抜きます。

第一段階準備完了、あとは6月に小石で化粧

マスター宅のみごとな盆栽類、竹の栽景は素敵です。

今日は作業が多く、まずランチをPicknic風に野外でたべて
午後の作業の腹ごしらえ




大分、仕上がってきました。

やっと、作業終了。めぅらしく、2時を過ぎていました。


ブログ表紙写真ーその114Black Canyon of Gunnison National Park, Colorado, USA

ブログ表紙写真ーその114Black Canyon of Gunnison National Park, Colorado, USA

 クリントン大統領のときに National Monument から National Park に昇格したいくつかのParkのひとつ(ほかにDeath Valley, Joshua Tree, Great Sand Dunes, Hell Canyon,などがNational Park国立公園になる)です。

 コロラドの南西部、Durangoから北にあがるSan Juan Skyway(Riute550をまっすぐMontroseまであがり、Montroseで東に向かうRoute50を走るとBlack Canyon of Gunnison National Parkがあらわれます。北のGrand Junctionからは、もっと近くて、Route550をMontroseまでくだります。Montroseが分岐点で、わたしは最初はNational Parkのなかでテント・キャンプをやり、二度目は友人との旅で、Montroseで一泊しました。

 コロラド州の西側は、したがって、San Juan SkywayのScenic viewのほかに、このBlack Canyon そしてColorado National Monument、Grand Mesaがあり、自然探訪を好む人には、限りない魅力が展開する領域です。

 Black Canyonに関しては、 One of the most magnificent Canyons in the world と書いてある案内書もあるほどで、SurveyしたGeologistは、No other canyon in North America combines the depth, narrowness, sheerness and somber countenance of the Black Canyon と1950年代に書いているそうです。深さは約800メートル(2660Feet)、もっとも狭い谷底は幅12メートル(40Feet)、上は1300Feetとか。Gunnison Riverの侵食でできたといわれています。

 Black Canyonの名前は、谷が深くて、底まで太陽が届かないから暗いというところからつけられた由。

村田茂太郎 2014年4月27日

Blacl Canyon of Gunnison National Park、 Gunnison River

Visitor Center にある Vista Point


Gunnison River

Vista Point,  Visitor Center







有名なPainted Wall コロラドで一番高い絶壁 690メートル(2250Feet)


Gunnison River


4/25/2014

「心霊現象の科学」をめぐってーその89 「Paranormal」Raymond Moody, M.D.を読む


「心霊現象の科学」をめぐってーその89 「ParanormalRaymond Moody, M.D.を読む

 Raymond Moodyといえば、言うまでもなくElizabeth Kubla-Rossとならんで臨死体験に関する研究を発表して、世界中に、DeathAfterlifeに関する関心を沸き起こした有名なドクター(Ph.D., M.D.保持)である。

 それは1975年のことであった。「Life after Life」と題されたDr. Moodyの“臨死体験”に関する研究の成果が発表され、“臨死体験Near-Death-Experience”という言葉が世界中に知れ渡った。

 この本は世界的なベスト・セラーとなって、世の中にDeath死への関心を高めた著者がどのような経過で彼の関心がうまれたか、どのように展開していったか、自分の人生を振り返ってみた“自叙伝Autobiography”である。

 PhilosophyPh.D.Medical Doctorの二つの学位をもつドクターで、大学教授、世界的なベストセラーを発表し、外から見ればすべてに恵まれているように見える彼の生活が、実はそれほど単純、ハッピーなものでなかったことを知って驚かされる。

 最初のところで、彼は1990年ごろに自殺を決行したことに触れ、そういう人間が書いた本を読みたくなければ、読まないでくれと記している。

 自殺の理由は、人生・生活への絶望からであったが、その大きなものはTyroid Deficiency 甲状腺ホルモンの欠陥による身体異状が強度の精神的Depress状態を生み、意識の抑圧状態の中で、人生が絶望的になるという、いわば肉体上の苦悩が精神にまで影響をあたえたことが最大の理由のひとつであったが、ほかにベストセラーによる金の流入のコントロールをあやまって、人にまかせきりにしたため、だまされて、財政的に破局がもたらされたと記されていて、そういう物質的・精神的苦悩のなか、さらに、丁度、イラクのクウエート侵略がはじまろうとして、湾岸戦争への緊張が高まりつつある時点で、かれの新しい著書への関心よりも、政治的・軍事的関心が世間的また出版社的にも高まっていて、新著は売れそうになかったという状況であった。そして、そのTyroid甲状腺ホルモン異状という病名がわかるまでに、いろいろな医者・病院を経巡って、何十年もたってやっとある医者が簡単に見つけたという話で、そのあとは、それを意識しながら、それでも苦労して生きてきたということが記されている。

 では、どうして死ななかったのか、自殺未遂に終わった理由は、彼が人生最後の段階での会話を共著者となっている、何年も一緒に製本に携わってきた出版社の友人に電話をかけて“やった!睡眠薬を飲んだ!”といって最後の会話を楽しんでいた。この共著者がたまたま電話にでたということが自殺未遂になったわけであろう。

 大学の自分の研究室で鍵をかけて睡眠薬自殺を実行したわけであるが、まだその共著者・友人と電話で会話中にドアーがノックされ、合鍵を使って警察とEmergency Serviceの一隊が侵入してきて、ドクターを縛り上げ、警察の一人が電話を交代して、どの睡眠薬をどれだけ呑んだのか、などを相手に報告して、救急病院に運ばれた。

 この話は、最初に語られているが、自伝として年代をたどるなかで、1990年ごろの状況報告のなかで、もう一度語られている。この電話で会話中にEmergency部隊が研究室に侵入してきたという話で、どうなったのかの説明が不足しているので、私は自分で想像してみるのだが、この友人がMoody睡眠薬摂取の話を耳にして、電話でDr. Moodyと会話を続けながら、ただちに彼の出版社の同僚または部下に、紙にメモを書いてEmergency部隊の出動を要請する指示を与えたのであろう。どこに居るかも告げていなかったのだが、もしかして、彼がみつかった大学研究室だけでなく、ほかにも心当たりのあるところへ緊急部隊を送ったのかもしれない。ともかく、この友人との人生最後の会話が彼の命を救った。

 この自殺未遂の体験は、ひとつ確実に彼自身にとってためになるものであった。というのは、彼はまだ学生中から臨死体験の情報をさまざまな人から集めてきたのだが、自分で臨死体験をもったわけではなかった。この睡眠薬自殺未遂の朦朧とした意識不明の状態のなかで、彼はかれが何度も聞き取ったかたちの完全な臨死体験ほどではないけれど、それに近い体験を持つことができたのであった。

 Dr. Moodyは「Life After Life」をあらわしたが、そのいわば患者たちの臨死体験報告がそのままAfterlifeの存在証明につながるとは思っていなかった。彼は哲学者として、そして科学者として、あくまでも科学的に自分に納得がいくところまで探求するつもりあったので、いつも彼の意見をたずねられたときに Proven the survival of bodily death肉体がほろびてもあの世で命があるという証明 がなされたとは思わない、自分には Proves the appearance that we survive after death つまり肉体が滅びても何かが生きつづけるように見えるということが証明されただけだとこたえていたのであった。

 彼はこの道Death探求で既に有名なDr. Elizabeth Kubla-Rossとも直接会って話し合ったことがある。彼女は、彼女のDeath bedの観察や、自身がサイキックであることからくる体験から、Near death experienceはまさに“あの世”があり、人間は肉体がほろびても、魂は生き続けるという証明であるという信念を持つに至っていたが、彼自身はあくまでも探求者としてとどまっていた。

 この自殺未遂のおかげで、ほかのひとが報告する話の内容を自分でも確認でき、ほかの体験(Past-life Regression)なども手伝って、やはり人は死なないという結論に達したようである。

 Elizabeth Kubla-Rossは、人が死(病死)に直面したときにとる態度の変化をDeathbedで観察し、自分で考察して5つの段階をえらびだした。

 Denial 拒否、Anger怒り、Bargaining取引、Depression意気消沈、Acceptance受領

の5段階を経るというわけである。そして、この最後のAcceptanceの段階を迎えるころに、どうやらAfterlifeのほうからお迎えがやってきて、Afterlifeの片鱗を垣間見ることができるようになり、ほとんどすべての人が、心安らかに次の次元に移行していくようである。

 Dr. Moodyは、臨死体験を体験したものだけが、おごそかな輝きを体験するだけでなく、死ぬ間際の患者と一緒に居るすべてのひとが、時に、この、この世のものと思われない荘厳な瞬間を体験するらしいと、自分も含めて経験したことから、Shared-Death Experience 人が死ぬ間際の超自然的Paranormalな体験を、そのまわりにいる家族のものも体験するようだということに気がつき、その方面の研究に入っていったようである。

 臨死体験の特徴を始めて整理してLife After Lifeに現した後、世界的に有名になったわけであるが、誰もが、必ずDr. Moodyの見解に賛成するというわけでなく、Talk showのホストがいじわるをしたり、Fundamentalistといわれる原理主義者、狂信的なクリスチャンの信者が妨害をしたりということがおきたようである。

 臨死体験の研究によると、人間誰でも、この臨死体験の特徴といわれた体外離脱体験、トンネル体験、荘厳な光との出合い、愛と慈悲と寛容にみたされたAfterlifeの発見、地球上のどの絶景よりもすばらしく、心和む景観などに接するようであり、また既に亡くなった家族や親戚友人などに再会し、それは人種・宗教に関係ないようであるということが、Fundamentalistには気に入らず、自分たち熱心な信者だけが救われるはずで、Dr. Moodyのような発言はサタンの惑わしに違いないというわけである。アメリカのある州のある町には、このような狂信的な集団が強力な力を持ち、Darwinの進化論でさえ、教室で教えてはならないというところがあるほどで、恐ろしいことだと思う。宗教・信条に関係なく、平和を愛する民衆は、誰にも寛容で、平和共存を願うことを、私などは切に希望するが、この世界には違った考えを持つ人々の集団があるようである。ナチズムやスターリニズムは一時的なものではなく、ふつうの人間の中に簡単に醸成されるものであることを語っている。おそろしく、また、悲しい事実である。

 講演のあと、Reincarnationについてどう思うかと訊ねられたDr. Moodyは最初は否定的ともいえる反応をしていたが、あるとき知人で催眠術を治療に使って効果を挙げている心理学者にPast-life-regressionをしてもらったところ、なんと9Lives 9回別な人生を生きたような印象をもった。それも、Primitiveな、言語も何も持たない大昔の人間の間に生きていた記憶から、ローマ帝国時代に闘技場でライオンLionのえさにされて食べられる話など、かなりリアルに感じ取ったようである。

 そして、彼の探究心は、1900年に出版されたNorthcote Thomasの本“Crystal Gazing”をある機縁で読むことになり、そこからScryingの世界に入ることになった。Oracles予言といえばギリシャが有名である。もっとも有名なオラクルは、プラトンPlatonが書いた「ソクラテスの弁明」に記された、デルフォイ神殿で発せられたという「ソクラテス以上の賢者は居ない」である。ギリシャ哲学を勉強し、Ph.D.を哲学でとったDr. Moodyはしたがって、Oraclesというものに深い関心があり、このCrystal Gazingなども真剣に探求することになった。Psychomanteus(サイコ・マンテウス)が古代ギリシャ人のあるひとびとがOracles予言につかった方式であり、彼らは特別のCave洞窟を用意したようであるが、(彼は再婚の旅行先をギリシャにえらび、このPsychomanteus を自分で体験したようである。)Dr. Moodyは自分のあたらしい家を改良して「Theater of the Mind」という特別の部屋を作って、その探求を始めた。まず自分で取り組んである程度納得のいく結果を得てから、大学の自分のクラスの学生をVolunteerでつのって、実験し、なんらかの成果が上がるのを確かめて、被験者をふやしていった。宣伝はしていないのに、うわさは伝わって、海外からこの実験参加希望者があふれるほどになった。この彼の装置はひとり一日かかり、数多くこなせないので大変であるが、これからわかったことは、実験的にGhost的な人物を呼び出すことができ、場合によっては実験措置を操作して、科学的な研究も可能であろうというものであった。

 彼は後ほど、この方法や鏡を使った方法などさまざまな方法を研究して「Reunions」(Visionary Encounters with Departed Loved Ones)という本をあらわした。それは、別に特にサイキックでなくても、そしてMediumsのヘルプをあおがなくても、故人に会うことは可能だということを証明したものであるという。わたしはまだ自分で実験していないので確認はできないが、この本には被験者として参加したひとびとの事後報告なども載せられている。この自叙伝にも驚くような話が載せられている。

 Dr. MoodyFatherは軍人でもアリ、Medical Doctorであった。父は頑固な無神論者で科学主義者であったので、なんにでも興味を抱き、自分でトライしてみようとした息子はずいぶん苦労したようである。

 この「Theater of the Mind」を自分の家に設けて、故人のGhostを呼び出す実験をしているときいた父親は、丁度息子の顔色も悪く、病気であるのは確かなので、救急車を呼んで病院に運び込んだ。なんと、それは普通の病院のEmergency入院ではなく、息子が、頭がおかしくなったらしいということで精神病院に入れてしまったのであった。あれやこれやの騒動のあと無事退院したわけであったが、彼はそういう父親を許せなかったようだ。父親が死の床についても、特に自分から見舞うということはしなくてSisterなどにまかせていた。Sisterなどの報告では、のちほど、死ぬ間際にお迎えが来たのを感じ、あの世があり、息子の言っていたことが正しかったと悟ったようであった。そして、今度は自分の番で、自分の妻が亡くなるときに、自分がお迎えにいったらしい。

 最後にShared-Death ExperienceAfterlifeの証明につよい証拠を提供すると感じて、その探求に入っていく決意をしたようである。臨死体験はドラッグその他が招いたものだという説が絶えないが、この死の床の患者を見舞った近親者などが体験するShared-Death ExperienceはドラッグをとっていないVisitorsが体験するということで、より客観的証拠といえるだろうというわけである。

 この本は、私にとっては、ものすごく面白く、楽しく読めるものであった。やはり彼は哲学者であり科学者であると思う。

 最後に、すでにこのブログでとりあげた(心霊現象の科学―その66)George RitchieM.D.が、この彼が勉強していたUniversity of Virginiaの医学部の教授をしていて、そのDr. RitchieをたずねたMoodyにとって、その出会いは、彼Moodyが臨死体験に興味を持ち、深く探求していく原動力ともなるものであった。George Ritchieの本「Return from Tomorrow」の出版は、Moodyの「Life After Life」よりもあとのことであるが、Moodyは直接、その臨死体験の話を本人からきくことができたわけであった。これもやはり偶然というよりも「Everything happens for a reason」ということであったろう。

Paranormal」(My life in Pursuit of the AfterlifeBy Raymond Moody, M.D. & Paul Perry 2012年 P.247 

ISBN: 978-0-08-204643-7

 

村田茂太郎 2014年4月25日