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8/07/2012

Travel Japan (51)網走刑務所ー北海道 写真紹介

Travel Japan (51)網走刑務所ー北海道 写真紹介

 ”網走刑務所”またの名を”網走番外地”といえば、ヤクザもの映画や歌謡曲で有名なところ、従って、北海道観光ツアーでもちゃんと訪問してくれました。時は2月、北海道網走の寒さを知るのには良い季節。

 オホーツクの流氷を観光船で見物したアト、バスは網走刑務所に向かいました。見学できるということは、今はつかわれていないという事で、往時をしのぶという話。

 まあ、寒いことは寒いけれども、シベリア流刑というのとはちょっと違うと思います。旧ソ連では政治犯〔実際はスターリニズムに反対する有能な人々)を極寒の地に流し、いわば、闇に葬ったようなものであったわけで、生還した人々も居ますが、そのまま無念の最期を遂げた人たちもいっぱいいました。その点、網走刑務所は極悪人がいくような場所として恐れられていますが、囚人たちはスターリンに反対してシベリアに流された人にくらべれば、比較にならないほど恵まれていたのではないかというのが、わたしの率直な感想です。

 ドストィエフスキーの名作”罪と罰”では、老婆を殺したラスコーリニコフと彼を慕う娼婦ソーニャがシベリア流刑(と付き添い)となりますが、まだ帝政ロシアでの流刑の方が安全であったといえそうです。スターリン時代では、すぐれた詩人マンデルスタムなども、そのまま死んでしまいました。ソルジェニツィーンは無事生還し、ノーベル賞にまで至りましたが、ふつうはそうは行かないケースが多かったようです。ドストィエフスキーは「死の家の記録」のシベリア体験から、そしてソルジェヌツィーンは「イワン・デニーソヴィッチの一日」で、その体験を文学空間に定着しました。

 網走刑務所では、やはり上手に脱走したひともいたようです。もちろんつかまるわけで、また脱走とか。やはり、不満があったのでしょう。刑務所は博物館・資料館もかねていて往時の刑務所生活や苛酷な労働情況などを示す展示がありました。

 やはり雪深く、孤立して、まさに”番外地”にふさわしいセットといえました。

村田茂太郎 2012年8月7日

























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