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3/17/2012

“夢の意味”

“夢の意味”

追加 2014年10月28日

 この夢に関する以下のエッセイは1986年に、当時中学3年生のクラスの生徒たちにユングを紹介したときに、ついでに関連事項として生徒たちに示したものでした。

 基本的にあやまりはないはずですが、追加したいことがでてきました。

 最後のあたりで、Edgar Caceyの話が記載されていますが、それと関連して、夢を見ている状態に関して、もう少し追加しておきます。

 夢は脳波的にはアルファ波Alpha Waveの状態にあるときにあらわれるといわれ、この状態は霊界(別なエネルギーレベル)と現実界との中間にあるような状態なので、霊界から夢のような状態でメッセージを送ってくることがあり、それはInspirationのようなもの(有名なケクレのベンゼン核の場合など)の場合もあれば、自身がOut-of-Body Experience,体外離脱、離魂体験、をしているときもあり、さらに重要なのは、自分の身近のひとで亡くなった人の魂Soulがメッセージを送ってきているというケースが沢山あり、そのことに関してはBill GuggenheimとJudy Guggenheimの共著「Hello from Heaven」で、展開されています。(このブログの「心霊現象の科学」をめぐってーその77「Hello from Heaven」 参照)。この本では、さまざまな例を挙げて亡くなった人がメッセージを送ってきていると解釈しています。彼らはこれをADC After Death Communicationとなづけて、寝ているときに死者と交信できる重要な機会ととらえています。ADCは何も寝ているときに限らず、いろいろな機会に示されるということを著者はこの本で沢山例示していますが、ともかく、Dr. Calvin Hallが昔信じたように、夢は自分の体験した世界の材料だけで生み出されるのではなく、自分が知らなかった材料も含まれてメッセージが霊界から届けられることがあるということは、夢を見たときに、特にその前に親しい人が亡くなったりしていたときには、充分慎重に考察する必要がありそうです。非常にサイキックな人はおきている状態でも霊界とのコンタクトを感じることが可能なのは、すでに心霊現象の科学に関するこのブログのRosemary Brownに関する紹介文でも示したとおりですが、特にサイキックでない人でも、寝ている間はAlpha Waveの状態になるので、夢を見たりするときに、そのアルファ波を利用して、Soulがあの世からメッセージを送ってくることがありうるということはよく知っておいたほうがいいと思います。
このアルファ波の状態は眠り込むときと起きがけに特に顕著にあらわれるもので、中途半端の状態ー完全に眠り込まず、完全におきだしても居ない状態こそ、まさに霊界交信が成立しやすい状態といわれています。

 Soulがあると信じるか信じないかで、以上の話はぜんぜん意味が違ってきます。わたしは長年にわたる勉強の結果、やはり魂Soulはあり、死はエネルギーレベルが変わった状態で、無の状態ではないと思います。Soulが違ったエネルギーレベルで存在するとすれば、あらゆる説明が可能になってきます。つまりReincarnationやNDE Near Death Experience, Possession, Out-of-Body Experience, Ghost幽霊現象、その他いろいろ。興味をもたれた方は、このブログの中の「心霊現象の科学」をめぐって -をご覧ください。

 ともかく、夢を見る状態、あるいはその前後の状態は違ったエネルギーレベルの現象に接する機会ということであり、夢の中にそういった特殊なエネルギーからのメッセージが織り込まれる可能性があるということは知っておいたほうがよいと思います。

 このエッセイはわりと沢山の人がご覧くださっているようなので、このアルファ波の状態がサイキックな霊界通信の場でもあるようだというその方面の専門家のご意見を紹介しておきたいと、あたらにこの前書きを追加した次第です。

村田茂太郎 2014年10月28日
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 あさひ学園中学3年生の国語を担当していたとき〔1985年)、ある時期、「ユングの自伝」 についての紹介文(拙著に収録)を毎週4回ほどにわたって書き続け、その最後に、ユングにとっても重要であった”夢”に関する、わたしの当時の理解していることを、まとめとして生徒諸君に提示しました。

 この文章の最後にちゃんとVirginia Beach のEdgar Cayce の夢に関するおどろくべき話が記載されているのを見て、今も別に訂正を必要としないと思いました。

 このあと、日本では夢日記をつけていた鎌倉時代の明恵上人のことなどを学びました。
河合隼男氏が「明恵ー夢を生きる」 という本を出版され、わたしも手に入れましたが、まだ読んでいません。明恵に関しては、山本七平氏の”日本革命の原型”とかという、北条泰時と明恵上人の関係を論じた本をおもしろいと思いました。

村田茂太郎 2012年3月17日

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“夢の意味”      
 はじめに、“夢”に関する研究書は、フロイトの“夢判断”以来、今日まで膨大な数にのぼる。ここで述べる事は、中高生や一般の人々に入門的な紹介を行う事を目的とし、興味をもたれた方には、直接、内外の本格的な研究書やすぐれた入門書(Dr. Ann Faraday, Dr. Calvin Hall etc)に向かっていただきたい。限られた私の能力では、全部をカバーする事はとても出来ないし、この文章の意図は、ともかく、若い子供達に“夢”の重要さを知ってもらい、出来れば“夢日記”のようなものを書き付けるぐらいになってもらいたいということである。

 1900年という年は、学問の世界ではいろいろな意味で重要な年であった。マックス・プランクの量子論が提唱され、エドムント・フッサールの“論理学研究”が発表された年である。この年、ジークムント・フロイトも畢生の大作“夢判断”を発表した。これは精神分析学の確立を意味する歴史的瞬間であった。

 “夢”がはじめてフロイトによってとりあげられたわけではない。有史以来、人類は“夢”という現象に畏怖と恐怖を抱きながら生き続けてきた。何処の国のどこの文化にも夢に関する様々な解釈や伝承が残されてきた。フロイトが行った事、それは、“夢”は断片的な妄想ではなく、注意深く考察すれば解釈可能なある種のメッセージであり、無意識の世界を語り明かす象徴的な言語であり、科学的に取り扱う事が可能だという事を、自らの夢を中心とした膨大な夢を研究する事によって、誰の目にも明らかに示した事であった。ここに、表面の意識には現れてこない、隠された深層の心理の動き、無意識の世界を探る方法が見出された事になる。

 フロイトは、どうしたことか、性的な関心が強かったため、フロイト学派では、すべてが性的に解釈されがちになり、それに対して、まず疑問を抱いたアルフレッド・アドラーが権力意識を持ち込んで、“劣等感”等の重要な考えを生み出した。アドラーに続いてフロイトに対立したカール・ユングは、“集合無意識”とか“始原型”とかといった重要な分析概念を生み出した。つまり、私達は現在では、フロイトの考えがすべて正しかったとは信じていない。“夢判断”という歴史的な名著も、従って、批判的に読むことが必要である。それにもかかわらず、この書こそ、はじめて“夢”を本格的な学問の研究対象としてとりあげ、それを論理的に分析し、“夢の意味”を正しく解き明かそうとした書であり、”夢“こそ、”無意識の世界“へ至る、”王道“であることを、明晰に提示した書として、永遠にその偉大な価値を失わない。

 1953年にシカゴ大学のクライトマンとアセリンスキーが“夢と睡眠”に関する重要な発見をした。睡眠時における“REM期”の発見である。睡眠中のある時期に、両眼が一緒に対照的に急激な運動を行い、それが周期的に現れる事がわかったわけで、REMRapid Eye Movement)急速眼球運動と名づけられた。脳波測定結果も、起きているときの脳波に近いものであったので、“もしかして”とREM期の人を起こしてみると、80%の人が“夢を見ている”最中だと報告した。このREM期は、人の睡眠時間中の約20%にあらわれることもわかった。ここから、脳波と眼球運動を用いて、“夢”をつかむ方法が考えられるようになった。それまでは、眼を覚ました人が偶然夢を覚えているかどうかに頼って研究がなされたいたのに、これ以降、殆ど必ず夢を見ている最中の人を呼び覚まして、夢の中身を調べる事が可能になった。このため、夢とテレパシーの関係なども、かなり科学的に研究可能となった。

 そうして、明らかになったことは、次のようなことであった。誰もが一晩に少なくとも3回のREM期をもつので、REM期の夢だけでも、3-4つ見ているはずである事。一度も見た事がないという人は、単に忘却しているにすぎないということ。REM期の夢は、活動的で感情的で劇的なものであるため、NonREM期の幻想的な夢よりは覚えている傾向が強い事。REM期は約1時間半の周期で規則正しく出現し、明け方に近づくにつれてREM期が長くなり、NON-REM期の睡眠深度は浅くなっていく事(夜、眠り始めたときに最も深い眠りに達するという事)などであった。

 “夢”を見るといっても、誰もがいつも重要な意味のある夢ばかり見ているわけではない。大概は日常的なレベルや生理的なレベルの夢であった、昼間の名残が再生産されている事が多い。これは、刺激によって興奮した細胞は、睡眠中も活躍し続けるということかもしれない。ともかく、単純で生理的ともいえる夢をヘンに複雑に解釈する事は危険である。

 そうした、わかりやすい夢とは全く異なる象徴的な夢を見る事がある。このとき、夢の解釈は大切な意味を持ってくる。日常言語のかわりに、夢ではイメージが言語の役割を果たす。様々なシンボルをどう解釈するかによって、様々な学派が生まれてくる。しかし、注意深い人は、それぞれのイメージ・シンボルに、型にはまった一義的な解釈を施すようなことはしない。人それぞれによって、日常覚醒時に抱く意識が異なるものを、単純に固定した解釈で割り切ろうとする事が無理なのである。ある人にとって“蛇”は知恵の象徴かもしれないし、ある人にとっては男性性器の象徴かもしれない。ある人にとっては、その人が蛇のイメージ抱く別のものの象徴かもしれない。シンボルの夢が現れたときには、従って、慎重に取り組まねばならない。自分がその夢でもったムード、眼が覚めたときの気分も重要な役割を果たすし、夢に現れた内容に対して、関連のある事柄を想起する事も重要であり、ふだんの自分自身の精神のあり方、心理状態といった事も重要である。カルヴィン・ホールは、夢は夢を見た本人がつくりだしたものであるから、そこにあらわれる一木一草もそれぞれ意味があるはずだという。ともかく、夢の中の情況や登場人物、行動、情緒的反応、色彩、覚醒後の感情等、すべてが一つの象徴夢を解明するのに必要である。(私は、その後、テレパシー的な夢では、脳波が外の刺激をキャッチして、夢に織り込む事が行われるため、そのような夢においては、自分に責任がない材料が夢に現れてくる事も起こりうるのであるということを知った。)

 フロイトは“夢は願望充足である”という単純なテーゼにまとめてしまったために、こじつけた解釈をしいられるようになり、有名な“死への願望”とか、歪曲、忘却、抑圧とかといった作業が、フロイト理論の中枢を占めるに至った。現在では、その後の各学者の研究を踏まえ、創造的な解釈をする方向に向かっているといえる。機械的に解釈することは、どのような場合でも慎まねばならない。

 アメリカの心理学者パトリシア・ガーフィールドは悪夢(Nightmare)から抜け出す方法を、夢をコントロールする方法の一つとして指し示す。それは、夢は全て自分が作り出しているのであるから、必ずその夢の場面をコントロールしている筈であり、従って、イヤな恐ろしい夢を見たときには、“ユメヨ ヒッコメ”とか、“消エテシマエ!”とかと念じれば、どのような恐い夢でも、たちどころに消えてしまうという。恐い夢をよく見る人は、一度、夢の中でその実験をしていただきたい。しかし、恐い夢でも、ただ単に消してしまうだけでなく、なぜ恐い夢を見るのかを分析してみたいところである。“痛み”が丁度、病気やケガを告げ知らせてくれるように、夢も、実は精神の内部で起きている事柄を、夢独特の言語で告げ知らせてくれているのである。それは、意識の底に潜む欲望かもしれないし、忘れ去った情念かもしれない。すでに無意識の状態にまで至っていた原生的欲望や本能が、精神の危機に際して、より本源的なイメージの形で出現しているのかもしれない。

 象徴言語は解釈困難なものであるが、一度手がかりを掴むと、象徴言語の作業の鮮やかさに驚かされるほどである。夢はどれも個人が見るので、個性的なものである筈だが、調べてみると誰もが共通してみているらしいという夢がある。フロイトは、そのような夢として、三つあげている。類型夢といっていい。1 裸で当惑している夢 2 近親者が死ぬ夢 3 試験の夢 である。ドクター アン・ファラディはその他に 4 落下の夢 5 飛翔の夢 6 歯をなくす夢 7 お金や貴重品を失くす夢 8 お金や貴重品を見つける夢 9 セックスの夢 をいつか誰もが見る夢としてあげている。

 夢の話は、具体的な夢を例示しないで話す事はむつかしく、あまり意味がない。ここでは、紙面の都合上、具体的な夢は一切もちださなかった。興味のある人は、“夢判断”やユングの“夢”、メダルト・ボスの“夢の現存在分析”。フロムの“夢の精神分析”等を読まれたい。Dr. Ann Faraday の “Dream Power”, “Dream game”, Dr. Calvin Hall “The Meaning of Dreams”, “The Individual & His Dreams”などは手ごろな名著である。日本人の書いた手頃な書としては、宮城音弥の“夢”(岩波新書)。

“夢”において大切な事。

夢は、覚えているその時点で、すぐに出来るだけ詳しく想い起こし、起きたその時の気分、情緒までノートに書き込むようにすべきであり、それを怠っていると、どんなに鮮やかでいつまでも覚えていそうだと思っていても、一瞬のうちに忘却してしまうことになる。従って、出来ればノートとペンを枕下に用意して眠り、夢を見たと思ったら、スグに起きて書き込む事が大切だと、どの研究家も指摘する。

夢は人間の日常生活の中で突出してくるものなので、何らかの意味で、その日常の自分の在り方と関連があり、従って、単独で夢を解釈するよりも、何日も夢を記録しておき、それらの夢の相互連関の中で分析した方が、より正確な解釈が可能になる。

夢を解釈するときには、必ず具体的な生理的・日常的なレベルから解釈していくべきであり、普通の常識的な解釈でわりきれないものがあった時に、はじめて象徴(シンボル)の意味を探る方向をとらねばならない。その時、自分にとってのシンボルの意味を探る事が大切であり、“夢の事典”で決められたものを、そのまま当てはめても意味をなさない。

夢は自分の精神の内奥が象徴的に鮮やかに示されるものであるから、扱うときには身長に取り組まねばならない。夢は必ず夢見ている人の現在の何ものかを示しているのであるから、解釈するときも、そのつもりで行わねばならない。夢の材料は時間・空間を越えて、何でも利用されるが、その意味していることは“現在”であるということ。

夢の研究家であり、幼児から夢の重要性を悟り、生涯、夢とともに行動してきた人として、私達はカール・ユングをあげることができる。彼にとって、それぞれの時点で夢がどれほど貴重な内容を告示したかは、“ユングの自伝”(Memories, Dreams, Reflections) に明らかである。

ヴァージニア・ビーチの“眠れる預言者”Sleeping Prophet と呼ばれたエドガー・ケーシー(Edgar Cayce)は、自己催眠に入り、ある人が忘れてしまった“夢”にまでコンタクトして、その人が、どのような夢を見、その意味はどうであったかという事まで告げることが出来たという。そうなると、“夢”とは、一つの歴史的事実ということかもしれない。ともかく、“夢”の研究はまだまだ未開だといえる。

(         記1986年1月19日)   村田茂太郎 


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