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3/23/2012

中学国語教科書の思い出

ともかく、国語指導に関しては、補習校という限界をどう超え、逆にどう利用するかということで、過去の自分の生徒体験を思い出しながら、考察を進めたその記録であります。

わたしは高校授業で国語にめざめたようなもので、それをあさひ学園の中学で実現するにはいかにすべきかという自分への課題でもありました。

私にとって、コペル君の発見、は中学教科書での最高のテーマであったように思います。
友達がおくってくれた吉野源三郎の”君たちはどう生きるか”を読了し、満足したように思います。

もう、25年以上前のはなしです。

村田茂太郎 2012年3月23日
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中学国語教科書の思い出

 中学三年の国語指導を担当している私は、出来るだけ自分の受けた国語授業を思い出そうと努めてみる。三人の教官の名前は思い出せたが、さて、どのような授業の進め方であったかと、振り返ってみても、何一つ印象に残っているものは無い。ただ、二年の時には、漢字のテストが多かったといったことや、三年の時の詩の暗唱などが思い出せる程度である。それよりも、国語の教科書の内容のほうが、よく記憶に残っているのは、私自身、流暢に朗読することが大好きで、家でほとんど暗唱するくらいに何度も声を出して読んでいたからであろう。

折々、思い出す教材の一つに、中学二年の時(であったと思われる)の、“コペル君の発見”という文章がある。コペルニクスにあやかってコペル君と名づけられた中学生が、ビルのうえからアリのような人間の動きを見つめながら、“かけがえのない人間”という基本原則を発見する話で、私は、この“かけがえのない人間”という表現が気に入って、その後、事あるごとに、コペル君を思い出す始末である。

先日、日本語書店の岩波文庫を眺めていて、白帯の仲間を順番に手にとってのぞいてみる気になった。そして、吉野源三郎の“君たちは、どう生きるか”という本をのぞいてみて、ビックリした。“コペル君”という名前がいっぱい出ていたのだ。そうか、私が中二の教科書で知った“コペル君”の話は、吉野源三郎のこの本からとってきたものだったのかと、二十八年ぶりに、一つの解決を見出したような、とても懐かしく、うれしい気持ちになった。昭和十年代にかかれたものらしく、この文庫本の解説を丸山真男が書いているということも、この書の価値を表わしているように思えた。最近、私は丸山真男の“日本の思想”を読み返し、あらためて、彼の頭の鋭さと博識に感心したばかりだった。“君たちは、どう生きるか”は、読みやすそうであり、丸山真男によると、ほとんど古典的な価値を占めるに至っているとのことなので、友人に、他の本と一緒に、日本から送ってもらう事に決めた。

三年の教科書には、“原始林のへりの日光は、あくまでも暑かった。ビンズイの鳴き声・・・”云々で始まる名文が載っていて、私は声を出して読むのが好きであった。ほとんど暗記してしまったはずなのだが、今になると、冒頭くらいしか出てこないので、残念である。もう少し、徹底して暗記しておくべきであった。私は大体、名文らしきものや、自分で気に入ったもの、重要だと思われるものは、みな暗記するように心がけた。日本国憲法の前文も暗記したし、高校時代には白居易の漢詩“長恨歌”全840字を暗記し、小林秀雄の“平家物語”というすばらしい評論も暗記した。或いは、暗記するほどに反復学習したというべきか。

国語学習の秘密はここにあると思う。先日も、語学の学習の話が出たとき、アメリカの語学教育は徹底していて、何でも暗記させられるし、恐ろしいほど、集中・反復・暗唱が課せられるとある教授は言っておられたし、高校卒業生の一人は、ギリシャ語の場合、ホメーロスのテキスト全文を暗唱させられるらしいといっているのを聞いて、こと学習に関する限り、どこも同じだと悟ったわけであった。

一昨年、私は漢詩教育を少しやり、何人かの人に暗唱してもらったが、少し徹底の仕方が足りなかったようだ。有志だけではなく、全員に、百人一首も漢詩も俳句も短歌も、みな暗唱してもらうべきであった。ヨーロッパでのラテン語教育なども、ほとんど暗唱が基本であり、また、基本文や名文を徹底して暗記して、はじめて、自分で使いこなせるようになるのである。日本文の学習も、様々な名文に親しみ、折々口ずさめる位に暗唱して、はじめて日本語という国語の美しさや表現方法が次第に分かるようになるのである。

私が、最近、とても気になることは、暗唱以前の朗読不足についてである。国語でも何でも、スラスラと読めなければ、国語の面白さも、良さも楽しさも、わかるはずがないのであるが、教科書程度の文章(漢字も含めて)が、スラスラとまともに読める生徒が多くないということである。これは、一体どうしたことか。自国語で書かれている文章さえ読めないようでは、一体将来どうするつもりかと不安になってくる。

いつか紹介したように、河上肇は十二歳の時に、現代の大人でもかけないような、しっかりとした、すばらしい文章を書いていた。学習の根本の一つは暗記であるが、自然と暗記するようになるには、何度も流暢に読むことが必須である。国語の学習など、何でもほとんど暗記する位にまで熟読反復していれば、大切なものはほとんど身についてしまうはずなのである。最近の子供たちの貧弱な読みっぷりは、いかにも国語力の無さを語っているといえる。まず、国語学習の初歩として、教科書ぐらいは、まともにスラスラ読めるようにしてもらいたいものである。そして、韻文は、もちろん、全部暗唱してもらわねばならないし、百人一首も百首くらい、ヤル気さえだせば、何でもないことなので、覚えてもらいたい。国語学習の基本といえる。

さて、私が、自分の中学時代の国語について振り返ってみたのも、一体、何が一番心に残っているか、どういう教材が本当に意味あるものであったかを、知りたかったからである。そして、その反省は、現在の教科書を扱う上で大いに参考になる筈である。教科書の文章を、三十年ほど経っても覚えていることがあるということは、逆に言って、余程すぐれた文章を教科書に載せておかねばならないということであり、教科書編集の重要性を示している。

そして、私は、コペル君やビンズイの文章から、どうやら内容のある文章と表現上の名文とが心に残る文章であると帰納する。教科書の教材選定は、重要な仕事である。高木市之助述による“尋常小学国語読本”(中公新書)を最近、読んでみて、成る程と感心しながら昔を思い出した。この本に引用されている“ベートーヴェンの月光の曲”の話は、私も小学校で習って、今も覚えており、この本を読むと、そうした教材作成の裏話がわかるのである。

現在、私たちが扱っている教科書には、すばらしい内容のものもあれば、どうでもいいような文章もある。私たちは、それらすべてをこの補習校で取り上げる必要は無い。しかし、諸君は、どの文章もスラスラと読めないといけないし、もちろん、主旨も、語句の意味もわかっていなければならない。つまり、教科書はその学年で理解しておくべき最低のことが盛り込まれているわけだから、優秀な生徒は教科書など早くさっさとマスターしてしまって、自発的に他の教材(純文学)に向かわねばならないのだ。

ただ、補習校の授業でとりあげるべきものは、その内容と表現の両方から優れたものであるべきであり、徹底できるだけの時間を充分かけたいものである。しかし、国語の授業は時間的制約もあって、主に、読解中心となるので、音読を充分行う余裕が無い。そして、時たま音読してもらうと、漢字力の無さがスグ目に付く。教科書の音読は毎日、家庭で励行し、日本語の文章の特徴や美しさを耳で覚えてもらいたいものである。
〔記          1985年9月2日〕村田茂太郎





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