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2/29/2012

オーラ についての感想ーその1

オーラ についての感想ーその1

 先に、Eileen Garrettというすぐれたサイキックは子供のころからオーラーで動植物のすべてがすぐに健康状態かどうかがわかったという半自叙伝のなかのお話を紹介しました。(その3)。

 わたしはサイキックでもなんでもありませんが、彼女の話は信じます。
見える人には見えるということであって、それはたとえば赤外線写真を撮れば人でも動物でも、とくに発熱体である温血動物は熱を発しているのが写真に写るので証明できます。人間は動物のなかで、知的に一番発達したため、大事な機能を退化させていったように思います。

 したがって、オーラという、人や動植物など生体を蔽うカバーのようなものがあってもふしぎでないし、それを見える人が居てもおかしいとは思いません。よく、健康な人のオーラは明るい色をしているが、病気を持っている人や死にそうな人は暗いオーラを示しているといいます。本当だと思います。

 わたしたちはみなある程度はサイキックで、強弱の違いが在るだけだと思います。
たとえば、幸せに満ちた家をおとずれたとき、あるいは不幸な家をおとずれたとき、私たちは言われなくても、この家はあかるい幸せな家庭だなとか、金持ちだけど不幸な家庭だとか、それとなくわかるものです。

 さて、誰もが経験するものに、「背後に視線を感じてふりかえったら誰かが凝視していた」というケースがあります。これは頻繁に誰もが体験しているはずです。イギリスの生物学者であたらしいScience、Morphogenetic Fields の説を唱えている Dr. Rupert Sheldrake は表題に「The Sense of Being Stared At] という題名の本を発表しています。世界中からのそうした背後に視線を感じたケースの報告を集めて、何か在るのかをしらべようとしています。 表題のつづき”And other aspects of the Extended Mind" という名前から見て、Extended Mind の働きと見ているようです。主に、統計データーで埋められた本ですが、彼はイギリス本場の正当科学の領域で、異端と見られながら、たくましく自説を展開している興味深い学者です。

 そこで、この背後からの視線を感じる というのは探偵小説では特に重要な働きをしていますが、どういうことでしょうか。

 私の理論は、このオーラ説を背景にして、人間は自分では感じなくても丁度、ヴァン・アレン帯のように、自分の身体をオーラの遮蔽幕が蔽っている、そして誰かが見つめる視線が放つエネルギーをその自分のオーラの幕がキャッチして、なんとなく第六感が働く、そういうことではないかと思っています。いつか、オーラをCatchできるほど科学が進化する日が来るのか、ただの妄想で終わるのかというところですが、わたしはある種の人、Eileen Garrettその他たくさんいますが、彼らの能力の方を信じます。M.B.Dykshoornなどもそういう能力、普通の人には信じられないような超能力をすべての領域にたいして保持していたようで、”人間”の解明のためには重要な存在であったと思います。

村田茂太郎
2012年2月29日

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