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12/22/2012

私のブログ開設10ヶ月目の感想 2012年12月22日

私のブログ開設10ヶ月目の感想 2012年12月22日

 2012年2月22日、はじめて私自身のブログを開設して、今日で10ヶ月経ちました。
別にブログ開設後何ヶ月経とうと同じようなもののはずですが、私にとっては、この10ヶ月、一日も欠かさずに何かを毎日公開してきたということが、大事で、もう、ほとんど限度に来ているので、残念ながら、1年間毎日公開というわけにはいかないようです。

 もう、ほとんど種もつき、写真もほとんどなくなり、あとは、時々の本の紹介くらいになりそうです。

 この1ヶ月ほどは、休憩していた「心霊現象の科学」関係のエッセイを、本の感想・内容紹介というかたちで展開し、私自身の感想もときどき挟みました。昔読んでどうってことはなかった本がとても面白く読めたのは、わたしの個人的成長のせいなのか、年を取り、死ぬ準備をスベキ段階が来ていると感じているからでしょうか。

 わたしは、ロサンジェルス日本語補習校”あさひ学園”で指導していたときに、いっぱい様々なエッセイを書き、そのなかで、「現代における無常感の胚胎」という短い文章を書いたことがあります。それは、Korean Airlineの飛行機が領空侵犯とかで、ミグ・ソ連戦闘機に爆破され、日本人乗客がたくさん亡くなったときでした。そのなかには、子供たちも当然いっぱい居たのでした。無常の時代といえば、いつでもそうなのですが、日本史では”中世”を特に呼ぶのにつかわれたりします。わたしは戦後民主主義のぬるま湯で育って、世界は安全・平和にすすんでいると、子供のころに思っていました。まさに、安全な世界で、子どもが死ぬような事件は起きないはずでした。しかし、時代が変わり、世の中は物質的には進歩したのは確かですが、社会的、生活的、個人の運命としては、何に巻き込まれるかわからない時代となったように思います。子どもだからと特別に保護されるとは限らないのです。いわば、誰でも何時死ぬかわからないという”無常感”の胚胎する時代になったと私が感じたわけでした。戦争という特殊状況だけでなく、アメリカなどをみると、本当にどこで何が発生し、どうなるかわかりません。

 そして、先日、アメリカを震撼させたSandy Hook Elementary School無差別銃撃事件がコネチカット州で起きました。本当に、無意味でおそろしい事件でした。まさに、誰であれ、いつ何が起きるかわからない世の中に居るということをまざまざと教えてくれました。

 そこで、年齢を問わず、”死”というものをどうとらえるか、死んだらどうなるのかについて、ある程度の理解をもっていると、何がおきても戸惑うことはありません。死んで”無”であれば、それは結構。”無”でなかった場合は、どうなるのか、どうすればよいのか。ここにSpiritualism登場の意味があります。古来から、チベットやエジプトの”死者の書”が描かれたのも、いわば、この”死”というひとつのTransit体験をどう準備するかの教科書のようなものでした。

 私は最近、Spiritualismに関する関心を呼び起こされ、アメリカの友人の援助で、ホンモノのサイキックにコンタクトしたいと昔から願っていたことが実現したことが、最近の私にとって特筆すべき出来事でした。

 すでに”「心霊現象の科学」をめぐって” の中、(その44)で、私のその”Medium体験”は報告しましたが、その最も大事な印象は、霊界、Spirit World、あの世、死後の世界、なんと呼ぼうと同じですが、そういう別の次元がどうやら存在するらしいということでした。そして、ホンモノのサイキックは、電話だけでも、相手の周りにあつまったSpiritsの存在をキャッチできるということでした。

 私はもともと、無神論で、今も、映像的な神の存在などは認めていませんが、スピノザ、ゲーテ的汎神論というか、この宇宙を構成する法則性のような動きがあり、それが、人によってはカミと呼ばれたり、ホトケとよばれたり、いろいろしてはいるが、要するに、自然界を律する法則性のようなものだと、思っています。この法則性があるのは、宇宙が見事に調和が取れてとれて存在しているのからもわかります。山川草木悉皆成仏 というのが私の好きな仏教用語です。

 臨死体験者の話では、その育った教育によって影響されて、イメージがキリスト教的、仏教的その他いろいろなかたちであらわれるようですが、言っていることは、光の世界とか別な次元が現れるということだと思います。そして、その体験自体は瀕死の酸欠状態などで、エンドルフィンなどで起きる状態と似ているということで、脳内体験で、本当の”あの世体験”ではないという考えもありうるわけでした。それは、それで結構で、誰も、自分が死んでみれば、どうであったか納得できるはずです。私はしたがって、脳内体験から探究するよりも、脳内体験ではえられない情報を伝達するSpiritの存在を認めて、どうそれが機能するのかを探究する方向を取りたいと思います。

 Spiritualism, Mediumshipに関しては、19世紀から膨大な研究が科学者を含めて行われていましたが、Negativeな態度で接する場合には、ホンモノのサイキックはエネルギーがNegativeに反応して、期待される結果がでないということになり、なかにはホンモノなのに、インチキをせざるをえなかったという気の毒なケースも頻発しました。科学者はPositiveであれとはいいませんが、少なくとも中立の態度、Mediumの演じるショーを楽しむつもりで接すれば、丁度、Philip Experience や Materialization の Spirit Guide がPartyと呼んだような明るいムードの中で、サイキックも本当に”不思議”を演出してくれるかもしれません。そうすれば、もっと、いろいろなことがわかってくるでしょう。”不思議”とは現段階の科学では説明できないということであって、何百年かのちには、不思議ではなくなっている可能性が強いです。

 たとえば、誰でも体験するはずの、うしろから誰かに見つめられているという体験、これは私などは自分のまわりに、丁度、地球をおおうヴァン・アレン帯のように、オーラが二重か三重にとりまいており、見つめる人の視線から発された信号、あるいは何かの付随するエネルギーをオーラでキャッチするから、見つめられているという予感がいつも正しいとわかるわけで、時代と科学がすすめば、そのような、今の科学では捕獲できないなにものかを簡単にキャッチでき、説明できるようになるかもしれません。なると思います。したがって、”不思議”はありえないということではなく、今のPrimitiveな科学の段階では、まだつかめないだけだと思います。

 わたしはこれから、自分が嘗て集めたサイキック・サイエンスに関する沢山の本を再読したり、買ったけれども、その頃は読む気がしなかった本など、読んで行くつもりです。今の私の関心は”Mediumship"と”Healing Power"そして”Meditation"などです。人間をはじめ、すべての生命体には自分で病気を治す治癒力が備わっているはずです。アメリカなど、ドラッグの店があらゆるところに林立していて、アメリカ人がいかにドラッグに依存しているかが明らかです。

 医者の中には、ドラッグをとりすぎるとよくないとわかっている医者もいますが、ドラッグを平気で与える(Prescribeする)医者も沢山居ます。

 私は、以前は、血圧が高かったり、脈拍が多かったり、体重が多すぎたり、ぎっくり腰になりやすいとかという健康状態でしたが、自分でこれではいけないと自覚して、本格的に自分の身体のコントロールをはじめて、体重を減らし、血圧を下げ、脈拍を低下させ、ぎっくり腰もおきなくするということに成功しました。自覚的にやれば簡単に出来るものです。医者が高血圧のクスリをすすめたときも、私は拒絶して、自分で治すからいらないと返事したものでした。心臓の薬をくれたときも、飲んで見て、本当に効き過ぎるほどに効いたので、依存症になったらたいへんだと、こわくなって、自分で飲むのはやめて、上記、Diet、Vitamin, 減量、体操、ハイキングなどで、正常に戻すことが出来ました。

 つまり、人間はそれこそ非常事態Emergency以外の場合は医者を必要としない身体に出来ているのです。自分でコントロールできるということです。自分の中に治癒力があり、それをうまくつかうということがHealingということだと思います。科学者でこの方面にくわしいのは、わたしが拙著のなかのエッセイ”癌と人生”でほとんどそれに依存しながら紹介したLawrence LeShan Ph.D.です。幸い、わたしは30年以上前からLeShan博士の本を購入していたので、今、How to Meditate その他を読み始めています。

 ということで、これからは、もっと、心霊現象の科学、とくにMediumshipやHealingに関する本を読み、Reincarnationに関する考察を深め、みなさまに紹介してゆきたいと思います。

 わたしのアプローチは宗教的な信者としてではなく、科学的・哲学的であるつもりです。科学者は現象を認め、その解明をこころみなければなりません。そんなことは、ありえないという時代は過ぎました。なぜ、そういうことがおきるのか、それが科学的解明につながります。そういう意味では、Poltergeistケースは貴重な現象です。これは、ミラクルやUFOの説明にも関係しています。D. Scott. Rogoは「Haunted Universe」というすばらしい本で、その方向をしめしましたが、本当に、人間は意識的・無意識的に無限の能力を保持しているようで、まだまだ、科学はその解明を目指して、発展していかねばならないでしょう。MediumのSpiritガイドが、この地上の生命はまだ”幼児期”でこれから異次元でどんどん発展していかねばならないと言ったように(Rosemary Brown 「Unfinished Symphonies]のなかのリストの説明)、現代の科学も、昔に比べればすばらしく発展したとはいえ、まだまだわからないことだらけで、もっともっと発展が期待されています。まさにSF映画 Star Trekのドクターが言ったように(Voyage Home)、200年後300年後の発展から見れば”Primitive 野蛮な状態”だったということになるかもしれません。

 好んで病気になる人は居ないわけで、わたしは戦争ばかりしていないで、そんな軍事費などを医学の発展、社会福祉につかい、全地球上の人々や動物が病気の治療を無料で救済されるような平和な社会がくることを夢見ています。わたしが豊かな国の一国のあるじであれば、病気は完全に無料で、誰でも、どんな病気でも、お金を気にしないで、国が保護し、治療する、そういう国を作りたいと思います。実現不可能な夢でしょうか。ブルネイのような、石油王国であれば、実現可能かもしれませんが。やはり欲望ではなく、愛と憐憫と寛容が世の中のMain Powerとなるような社会をつくらないと、いつまでも無常の世の中はつづくでしょう。


わたしの、ブログ開設10ヶ月目の感想でした。

村田茂太郎 2012年12月22日




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