Translate 翻訳

9/02/2018

万葉集をめぐって 難訓の歌 その2


万葉集をめぐって 難訓の歌 その2

2012714日、このブログで表題の感想文 その1を発表した。

 「人麻呂の暗号」 という本と 「もう一つの万葉集」 という本を読んだ後、すぐに感想文・紹介文を書いたわけであった。

 この 「もう一つの万葉集」 では、額田王の歌が露骨な性のやりとりを歌い上げたものということで、まさに斬新な解釈に驚いたものであった。



 2017312日、私は知らない人、上野正彦という私より少し先輩らしい京都大学法学部出身の弁護士 兼 公認会計士の方からG-mailを受け取った。それには、このいわゆる万葉集の難訓歌に取り組んで、ある程度解明し、それに関する本を出版したということで、問題の第9番 難訓歌に関する抜粋が添付されていた。

 一読、素晴らしいと思い、すぐにでも礼状を書くべきところ、少し待ってもう少し内容を検討してからなどと考えているうちに私は返礼の機会をなくしてしまった。丁度、A Teaching Company のGreat Courses 講義シリーズをたくさん購入して、Origin & Evolution of Earth などという素晴らしい講義に没頭して、毎日45時間、講義集をTV/PC画面で見続けて、万葉集を顧みる余裕がなかった。地球が生まれてまだHalf Billion yearsもたたない頃に、(現在の推定地球の年齢は4.567Billion Yearsとのこと)、月(オリジナルの)が本当に地球にぶつかり、そのため、地軸を23.5度傾けて逃げ去り、現在も遠ざかっているという話や、あるころは地球は真っ白であったり、Emerald Planetであったりと、まさに地球の起源に子供のころから関心があった私にはすばらしい新智識・情報の展開で、万葉集どころではなかったわけだ。

 そして201711月に日本の姉を訪問して一緒に四国旅行をする計画を立てたとき、アマゾンJapanに日本語の本をオーダーして姉の家に送ってもらおうと考えた。私が日本に着いた時、すでに私のオーダーした30冊ほどの本がすべて届いていた。その中に この上野正彦の 「万葉集 難訓歌 1300年の謎を解く」学芸みらい社の出版 ¥3800 が届いていた。立派な本で、値段以上の価値があり、万葉集に興味のある人は全員読んでみる価値があると思う。

 すぐに読むつもりが、私は膨大な本や講義集を勉強していて、なかなか万葉集に向かう気がしない。とうとう20188月を迎え、私の本 「寺子屋的教育志向の中から」をこのブログで順番に公開していくことに決めたとき、この万葉集の難訓歌に関する立派な本をPublicに紹介しておこうと思ったわけであった。

 この本を読んで(まだ全部読み終わっていないが、)気が付いたことは、原文付きでない万葉集の本は中途半端で、やはり自分の目で、感じを確かめながら、どう読まれているか調べてみないことには、評註・通釈が著者の勝手で読まれている可能性があるということで、万葉集は原文付きが必要ということ、さらに原文がこの本に表示された原文と違っていたりして、どれが万葉集の原文に当たるのかわからないケースもあり、原典付き万葉集一冊だけでは研究などは不可能で、何冊も原文・万葉集が必要になるようであった。

 上野正彦氏はまちがいなく原典で万葉集の歌全部を何度も読まれたということがよくわかる内容で、まさに専門の万葉学者を凌駕する仕事を成し遂げられたように思う。もちろん、ずぶの素人の感想に過ぎないが、色々感じるものがあった。

 語学的に読みこなすだけではより深い解釈は不可能なようで、歴史関係、歌の配列の意味、万葉集中のほかの歌との関係、特に植物の生態に関する知識など、いろいろ雑多な知識も必要であるということがよくわかった。また万葉集に関しては様々な偉い学者が自分勝手に苦労して解釈し、ある字は誤字・誤写で本当はこの字であったの違いないとか想定するケースも多くあるようで、そうした過去の研究成果(?)をある程度踏まえなければ自分の研究も意見もあったものではないので、雑多な文献の渉猟も大変手間のいる作業であったに違いなく、そういう意味でもこの本は本当に本格的な研究内容である。ある時はまさに推理小説の謎解きのように深い分析が提示されて成程と感心するばかりである。

 私は、弁護士兼会計士という職業を体験された上野氏が余暇を有効に活用されて見事な研究をなされたということに対して称賛するばかりである。何よりも飛鳥・奈良時代の史実を踏まえて、深く読み込みを行っておられるのをうれしく思った。

 韓国人著者の解釈では、問題の第9番難訓歌はほとんど史実と関係なく、セックスを大ぴらに歌い上げた歌ということで、まったく別な世界が開示されていたわけであるが、この韓国人の解釈に関しては、やはり古代朝鮮語、古代日本語、任那日本府などをめぐる朝鮮半島事情、朝鮮人の日本帰化とその子孫の大和朝廷などとの関係を理解したうえで、この著者の解釈が正当なものかどうか判断しなければなるまい。もし、表面上、本当に古代朝鮮語の影響がもろにあらわれたセックスを謳歌する歌でもあるということであれば、額田王のうたは2重にも3重にも読めるまさに複雑多岐な、雲をまくような難解な歌であったということになろう。上野正彦氏による第9番難訓歌の解釈は正しいと認めるとしても、韓国人の解釈もありうるということであれば、万葉集のどこまでが朝鮮語による解釈が必要かあるいは可能かということになろう。あきらかにほんの少しの歌がそれに該当するだけで、大部分は日本語の歌として解釈できるはずである。

 この上野正彦氏の本は見事に整理されていて、読者は自分でこの本を読んで成程と納得できるといえる。

 難訓歌といわれるものは約40種近くあるようで、そのほかに読み誤っているのではないかという準難訓歌が30種ほど提示されている。



誤った先入観が招いた難訓

語学以外の知識を必要とするもの

異なる原文があるために生じたもの

状況把握ができないためのもの

語彙の理解不足によるもの

そして超難訓歌として3種―――その一つが難訓のTopを占める例の第9

と、いろいろのケースを上手に分類して整理解明されている。本当に面白い。



 万葉に詳しかったはずの大先生たちが失敗したのも理由があったということで、言語学上の知識だけでなく、自然科学、社会科学の諸領域、つまり生物学、気象学、法学、歴史学などの知識も必要ということになるようである。

 次に、難訓歌の代表といえる第9番 額田王の歌について上野氏の解釈を紹介したい。

この500ページを超える本の中で、この9番の解釈に19ページもつかわれている。

 私も項を改めて、難訓歌その3 で上野氏の解釈を紹介しよう。韓国人のセックスをあからさまに歌った歌という解釈とは全く異なった、まさに歴史の中での微妙な政治関係を意識した微妙精細な歌で、額田王が天皇に代わって読み上げた歌にふさわしいといえる解釈となっている。



 私は上野正彦氏にはまだ何も返事をしていない。恥ずかしい話である。この際、全部読み終わってから私の正直な感想をE-mailで伝えたいと思っている次第である。

 ともかく、韓国人の解釈では納得のいかなかった私は、この上野氏の解釈を読んで、やっと安心したという次第である。

 国文学者でなくても、まじめな探求心と緻密な思考能力を併せ持っていれば、すばらしい研究が可能だということを証明したといえる立派な内容で、本当に楽しく読める本である。私はまだ5分の1ほどしか読んでいないが、小林秀雄が、ゆで卵がダメかどうかは全部食べなくてもすぐにわかると言ったという意味で、この本は本当にすばらしいと思う。



村田茂太郎 201892

No comments:

Post a Comment