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2/04/2013

ある年の国語文集ーその11-2 1983年度 中学1年生パサデナ校

ある年の国語文集ーその11-2 1983年度 中学1年生 パサデナ校

 中学1年生、国語文集第11号のつづきです。
結局、11号を全部そのまま載せることにしました。
11-5まで続きます。

 今、こうしてみると、みんな、丁寧な、きれいな字で書いています。私の字が一番幼稚で、きたないのがわかり、はずかしくなります。

わたしの友人にも丁寧に、見事な手紙を書いてくれるひとがいて、時には毛筆で書いた手紙もとどき、わたしは感心して、そのことについて友人に書いたことがあります。彼も同じことを考えていて、わたしの悪筆はスピードのせいだとか言ってくれました。

 わたしは、何でも、ものすごいスピードでしあげるので、(英語の本も300ページ前後なら1日で読了し、書き上げたエッセイのほとんども、準備も校正もなしに、夜中に集中して2時間ほどで書き上げて、仕上げるので)、自分でもそれが理由だとわかっているのですが、ていねいに書く時間が惜しいというのか、いつも汚くなって、自分でも嫌になるほどでした。下手でも、きっちり書けば、読みやすい字にはなるのでしたが。

 会社で働き、残業をし、UCLA Extensionに通い、その勉強・宿題・試験勉強もし、あさひ学園の準備と国語文集添削・評注に毎週10時間ほど使い、そして自分の興味ある本を週2-3冊読み上げるという生活で、ほかに毎日の犬の散歩、買い物など、すべてがあわただしく、ていねいに書いている時間がなかったのも事実ですが、どんな状況でも、きっちり書く人がいますから、わたしはその点失格者でした。

 子供たちにはていねいに書けと言っていたので、今、自分の書いたものを見て、妙な気分になります。これは、生徒にたばこ厳禁といっている教師が、自分でたばこを吸っていたのと似たものかもしれません。わたしはそういう偽善的な教師は問題だと思っていたのでしたが。

 ともかく、本当に30年近く前の子供たちの文章に再び接して、なつかしいあのころの記憶がよみがえってきます。このブログでの公開作業は実は私の記憶の活性化のためであったのかもしれません。本当に、あのころの姿そのままで、ひとりひとりが浮かび上がってきます。

 私の人生の中での最高の瞬間がうまれる現場でした。

村田茂太郎 2013年2月4日

















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