“回想のフランクリン・マウンティン”
日本の1.5倍の面積をもつテキサス州だが、西部を除いて山岳部分はほとんどないといってよい。テキサス州の西部にはグアダルーペ山脈、デービス山脈、チゾス山脈、フランクリン山脈という具合に、いくつかの山並みが平地に屹立して、場所によってはテキサス・アルプスと呼ばれたり、市のなまえにも“アルパイン”が登場するくらいで、これでアルプスかと思うような山並みであるが、貴重な自然の宝庫を生み出している。そのうち、グアダルーペとチゾスはそれぞれ二つの国立公園に属しているくらいで、自然愛好家には見落とせない山々である。グアダルーペ山脈国立公園、ビッグ・ベンド国立公園。
テキサス州で人口で四番目の都市はエルパソ(約60万人)であるが、そのエルパソにそびえているのがフランクリン山脈で、ニューメキシコ州からテキサス州へ丁度、“ドス”を突き刺したような形をつくって、南北に伸びている。エルパソは高台にあたり、既に海抜1100メートルでフランクリン山脈を囲むようにして、横たわっているので、山脈は千メートルほど平地から隆起しているだけであるが、海抜としては最高峰は2200メートルである。エルパソ一帯が元は海底であったので、フランクリン山脈の頂上まで貝の化石がみつかるほどで、一時、Wonder
of the Sea El Paso というスタンプが郵便物におされて届いたりした。
フランクリン山脈は大きくわけて四つの区域に分けられる。エルパソのDowntown近くまで先が伸びている連嶺で、マウント・フランクリン約1850メートルを最高峰とする部分。約2050メートルの威容を誇る南岳を擁する峻険な部分。最高峰約2200メートルの北岳を中心とする一見なだらかな、State Parkの中心を構成する部分。AnthonyのNoseといわれる切り立った頂上、約2000メートルを示す部分を含む、Anthony Cityから New Mexico に連なる部分という具合である。
北のニューメキシコ州ラス・クルーセス市から南に南下するとフランクリン山脈の四つに分かれた山並みが目に入りだす。車でコロラドやアリゾナあるいはニューメキシコのサンタフェやアルバカーキに行った帰りは必ずラス・クルーセスを通るので、いつもフランクリン山脈の四つの山並みが見え出すと、故郷に帰ってきたといった感じに襲われる。そして、これはこれで、立派な山だといつも確認するのである。
南岳と北岳の間を切断する形でScenic Highway(Transmountain Road)が走り、荒々しい山容を間近かから、嘆賞することが可能となっている。フランクリン山脈はドライなエルパソの街に聳え立つ峻険な岩山で、写真家・登山家・著作家Lawrence ParentがそのTexas Hiking の Guide Book で表現しているように、”Stark Beauty” という言葉がまさに適切ともされる峻険な美しさ、あらあらしい美観を呈した山並みであり、その印象は東と西で全く異なる。険しいとはいえ、東側の山のふもとには野外劇場もある。東側から見た南岳は険しく美しい。西側は、ふもとには住宅街が建ち並び、ゴルフ場もある、一見、なだらかな山容を示しているが、山は険しい。どこに登っても山の尾根に立てば、両側が見れるわけで、その眺望は文句なしにすばらしい。苦労して登山をする人しか、この眺めを楽しめないのかと、気の毒に思っていたが、東側からちいさなロープウエーが何人かを連峰の尾根につれてくれるようになったようだ。私が利用しようとしたときは、修理中で運転していなかった。
山脈の南端部をRim Roadが通り、エルパソの街並みが見下ろせる。エルパソは国境の街で、メキシコ側にはフアレス市が平面的に横たわっていて、両方の街の明かりが“光の海”のようにみわたせ、夜景は見事である。エルパソは人口の変動はあるが、約60万人、フアレスのほうは百万人以上とかといわれ、高層ビルがほとんどないため、本当に光の海が出現する。これは、アメリカのほかの街ではほとんど見られない光景である。この山の先端に、夜になるとChamber Of Commerce が管理するローン・スターマークが点灯され、灯台の役割を果たして、夜のドライブには役に立つ。どの辺にいるかすぐわかって便利である。何か記念することがあれば、Feeを払えば、個人で点灯を依頼することが可能であり、新聞に今日は、何の記念で点灯されているかがわかるようになっている。結婚記念日とか一周忌とか、創立記念日とか、機会はいろいろでありうる。
南北に横切るHighwayをドライブすると、State Parkに入り、また出るというサインがある。アメリカのCityのなかにある公園のなかでも、かなりの部分のフランクリン山脈を含んだこのState Parkは、アメリカ全体でも最大のCity Parkのひとつに属するという。エルパソ市にフランクリン山脈のほとんどが含まれているのである。
エルパソといえば、フランクリン山脈というぐらい、エルパソのどこにいても、その山並みが様々な様相でみられるので、エルパソの思い出というと、結局、私にとってはフランクリン山脈の思い出ということになる。それと、リオ・グランデ。
1994年夏から2005年の冬までの11年半のエルパソ生活の間に、何度、この山並みをあるいたことか。最初は三人で、それから一人で、そして二人で、最後はひとりで、ある年には毎週、あるときは土日とつづけて、という登り方、歩き方で、あるときは一日に一つを歩き、また別なところを登るといった具合で、この山脈が健康管理に果たした役割の重要さははかりしれない。単に肉体的にだけでなく、精神的にもプラスであった。
山はシンプルであるが、気分と体調に応じて、軽い散歩から、険しい、骨の折れる登山まで、チョイスが沢山あり、眺めも変化に富んで、ともかく、自然愛好家にはすばらしい山である。アパートの目の前から、険しい登り方をしたり、10マイル15分のドライブでState Park (州立公園 有料) に入って、各種のTrail Head から、北岳や丘のような小山、そして南岳といろいろムードに応じてトライできるのは、ありがたく、また、State Parkの、ある場所には、春Poppyが咲き誇り、また各種のサボテンが見事に咲く。フランクリン山脈を調査した生物学者は50種類以上のサボテンがみられるという。目立つ植物はLechuguilla, Ocotillo、Barrel Cactus、Cholla Cactus、Creosote Bush などであるが、Paper Flowerなどという、きれいな小さな花が春から秋まで咲き誇ったりする。
山は基本的に成層タイプで堆積岩の層が東側、エルパソ エアーポートなどからはあざやかに望まれる。山の頂上部まで貝の化石が散らばっている山であり、古い部分は原生代、始生代、カンブリア紀以前の岩石が露出しているという。テキサス州では最も古い地層を含む地域がこのフランクリン山脈であり、単にサボテンの宝庫であるだけでなく、地質学、古生物学の宝庫であるといえる。しかし、北岳のまわりには、火山活動による溶岩の流出のあとが赤い岩肌を見せており、そして黒い瓦礫をばらまいたかたちで残っており、岩登りの練習場所を提供しているところもある。フランクリン山脈は基本的に堆積岩で出来た山であるが、ある時期火山活動が始まり、噴火まではいたらなかったが、溶岩流をふきだしたり、堆積岩を持ち上げたあとは、今もあきらかに見られるという山である。これについては、フランクリン山脈の北、約40マイルのところにひろがるオルガン山脈も同様で、見事な堆積岩の山肌を押し上げる形で火山活動、溶岩流出のあとが、顕著である。
最初のころ、三人で登っていたときは、健脚のふたりについてゆくのは、大変で、山登りが如何に困難なものかという事を学んだものであった。主に、アパートをでて、いきなり山に飛び込むという形で、ジグザグに登っていくわけで、丁度、1時間で尾根にたどり着き、東西を分かつ連嶺の尾根に立って、すばらしい眺望をながめ、ここちよい風にあたると、登山の疲れも忘れるというのが常であった。山肌にはLechuguillaというサボテンが頂上部まで繁っていて、これに刺されると、3センチほどのとげがつきささり、下手をすると血みどろになる危険なサボテンで、長ズボン・長靴下が必要な装備であり、杖も必需品であった。
この山はけわしく、軽く侮ると、大変なことになり、私がエルパソに居た間に、二人の高校生が、それぞれ別な登山で、岩から転落して落命した。私も一度、ひとりで、あるコブに登っていて、かなり恐い目をしたことがある。教訓として、以降、行動を慎むようになったくらいで、下手をしたら落命をしていたかもと、後で考えると冷や汗ものであった。
そういう危険な行動はやめて、素直なTrailを歩くようになり、会社の友人とState Park内の各種Trailを歩くことになった。もっとも、心地よい思い出である。
南岳と北岳をわかつHighway(Transmountain Road)の丁度、峠に当たるところに展望用休憩所がつくられていて、ここから、東側の地平線に沈む落日を眺めると、地球の丸みを感じてしまうほど、広大な空間が広がっていて、いつ見ても開放感にひたされ、気分がすっきりする。近年、このふもとにまでFreeway沿いに、工場やオフイス・ビルが建てられ始めているが、まだ、荒野の感じがつよくのこり、Freeway I-10をおりて、峠に向かってドライブするのはとても気持ちよい。
State Park への入り口は、峠に向かう手前にあり、広大であるため、いつ訪問してもハイカーやピクニックに興じる人はわずかであり、山に入ると、出会うハイカーは、ちらほらである。一度、険しいルートをひとりで北岳に登頂したとき、本当に出会う人は居ず、ひとりぼっちで、恐いような思いをした。以降、通常のルートを使うようにしたが、それでも、地元のハイキング ルートであるにもかかわらず、人に出会うのは稀で、豪華な大自然をひとりじめにした気分になれる。野草、虫の鳴き声、野鳥のさえずり、そして、見事な眺望、すばらしいそよ風、登山で体力を消耗した、程よい疲れ、すべてが、満足をもたらしてくれる。
北岳への登山は西側のTrail Headから歩き始めて、約1時間で峠に着き、峠から今度は東側をめぐるかたちで約1時間で頂上に着く。私は何度か北岳に登頂し、Trailをあるくだけなので、700メートルほどののぼりは、疲れるが誰でも登れると思っていた。しかし、大雨の後に歩いた最後の登山では、道が豪雨で荒れて、大変険しくなっていて、随分、苦労して登頂した。いずれにしろ、約2200メートル。エルパソの最高峰であり、360度の眺望は文句なしにすばらしい。同じ道を下った。
途中でHorned Lizard トカゲの一種 にであったりして、野草のほかにも楽しめるハイクである。
State Parkのなかのドライブの終点でクルマをパークすると、すぐそばに、Sunset
View Trailという、丘のような小山を歩くコースがあり、Trailもしっかりしているので、ここは友人と何度も歩き、ひとりになってからも何度も訪れた。頂上らしきところまで約30分、引き返すか、そのまま先にくだって、下でもとにもどるか、いずれをとっても、約1時間の手ごろなハイクであって、私は体調を眺めながら、ここにするか、ほかにするかと、考えたものであった。頂上にはベンチも用意してあって、休憩しながら、まわりを見回すと、ほんのわずかのハイクでこんなすばらしい気分が味わえるということで、感激するほどである。正面に北岳がそびえ、ドライブ ウエイが小さく裾をぬって走っている。西側は広大な空間が広がっている。アパートからほんのわずかの距離と時間で、別世界が広がっているようなものである。
もうひとつ、Cave洞穴にたどり着くルートもあり、これは、1時間もかからずに到達するので、何度か試みたが、最後ののぼりは急で、大変であった。Caveはサイズは大きいが、奥があるわけでなく、地元インディアンが生活したらしく、天井などがすすで黒っぽく残っている。
State Park のゲートをはいらないで、峠に向かってドライブを続け、峠をこえて少しすると、右側にパーク場があり、Feeを払って、ハイキングはじめるというのが、よく歩いたコースの一つで、これは、南岳登山のコースであった。体力次第で、尾根に到達するだけ(約30分)、で満足して帰る場合もあれば、さらに30分で大きなコブのような岩石に到着し、ここまでという場合も何度かあり、さらに30分かけて、テレビ塔などが屹立する南岳頂上をめざすことになったりした、つまり、南岳頂上までは約1時間半。北岳頂上までは約2時間、最初に居たアパートの前からマウント・フランクリンまでは約1時間というのが、のぼりに要する時間であった。当初、南岳どころか、コブまで到達するのに1時間半かかったりしたが、何度も歩くと、健脚化して、目に見えて登頂時間が短くなった。登山の肉体にもたらす好影響をまざまざ示すものであった。南岳の頂上はテレビ塔のような施設が2箇所の頂点にあり、いわゆる北岳の頂点のようなものはないが、その近くの岩に腰掛けて東側を見下ろすと、険しく崩落しているのがよくわかる。東側からは簡単な登頂ルートなどないのは、あきらかなほど、険しく切り立っている。
野鳥がゆうゆうと切り立った空間を旋回しているのをよく見かけた。
年配の友人とは、北岳登山の道を丁度半分近い峠まで、よく一緒に歩いたものであった。峠にたどり着くと、反対側東側がよく見えるわけで、海抜約1600-1700メートルの地点であり、風が通って、ベンチでくつろぐと気持ちよかった。、
フランクリン山脈は基本的に背の高い樹木に乏しい。一箇所、Cottonwood Trail というコースがあり、そこだけは水のない山であるにもかかわらず、大きなCottonwoodが生えていた。昔の名残なのであろうか。それ以外は一見、裸に見えるような山であるが、頂上までサボテン類その他が生えていて、高山植物もある。ともかく、樹木に隠れて展望がすぐれないなどということは、ほとんどない。オープンであり、風がよく通り、眺望はどの尾根に上ってもすばらしい。
エルパソを離れて何年かたつと、フランクリン山脈ハイキングの思い出がなつかしく浮かび上がってくる。エルパソ市内にそびえる山であるにもかかわらず、ほとんど孤独な山といえるほど、出会うハイカーはすくなく、自然を満喫できたなあという感慨が沸き起こる。珍しいトカゲに出会えた喜び、Poppyやサボテンの花盛り、頂上まで野草が咲き乱れる登山道、野鳥の姿、通るさわやかな風、みごとな青空と白い雲、そして、文句なしにすばらしい眺望。ドライな都市、エルパソで10年以上も生活をエンジョイできたのは、私にとっては、あきらかに、フランクリン山脈のおかげであった。広大なエルパソの空間を味わう最適の場所はこの山であり、エルパソの空間に生じる気象現象の魅力を味わうのに、最も適した場所は、このフランクリン山脈であったのである。
いつか、エルパソをもう一度、訪問できるなら、時間をとって、少なくとも Sunset View Trailだけでも歩きたい。頂上のベンチに腰掛けて、眺めれば、北岳だけでなく、過ぎし時間がよみがえって、泣けてくるだろうと思う。思えば、この山のあちこちを百回近く歩き回ったのである。そんなに親しんだところは、どこにもない。思えば当然である。
(完)2008年12月27日 執筆 村田茂太郎
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