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2/01/2015

SFV Bonsai Club 盆栽クラブ 2015年1月31日New Year Party 報告

SFV Bonsai Club 盆栽クラブ 2015年1月31日New Year Party 報告

 わたしが盆栽クラブに参加してからの5年間の間に、3回のNew Year Party は SFV JACCの部屋を借りて催され、2014年度はチャイニーズ・レストランにあつまって、食事のあと、場所を会長宅に移して2次会をおこないました。

 2015年度新年会はこんどはレストランをつかわず、直接、前会長・現主任Instructorのいえに集まり、全面的にご夫婦のお世話になり、お邪魔しながら、楽しく和やかなPartyがもたれました。

 食事はObentoをあらかじめオーダーしておいて、関係者の一人がPick-upし、今回は25人分ぴったりの参加となりました。悪い風邪がはやっているらしく、急に参加できない人もいましたが、逆に跳び込みで参加された方も居て、人数は予定通りとなった次第です。

 わたしは会計担当Treasurerとして、すでに会計報告のレポートは今までの会合に出席した人にはお渡しし、口頭で説明してありましたが、今回、総会も兼ねた新年会で、はじめて報告をきくかたもおられたので、冒頭、わたくしは情況・経過説明をおこないました。

 去年の新年会では私は憂鬱な思いで新年会に出席し、最期に私の情況分析を次回の盆栽クラブの会合で報告すると伝え、1月の月例会で私はいままでの会の運営方針をあらためる必要があり、Volunteer Spiritの重要性、Donationはいつでも歓迎、そして個人的なSelf Sacrifice、相互扶助の必要をメンバーの皆さんに訴えました。

 2014年度は、その効果があって、メンバー皆さんのご理解とご協力のもと、私の知る9年のHistoryのあいだで、お盆ショーでのセールスは過去最低であったにもかかわらず、9年間で最高のPositiveな結果を生むことが出来ました。これで、このままいけばどうなることかと思われたSFV Bonsai Club も、将来、2014年に発揮した奉仕の精神、寄付、自己犠牲、相互扶助をそのまま維持できれば、今後も、日本文化の一面をアメリカの土壌の中で示し続けてきた、この大事なSan Fernando Valley Bonsai Club も今までどおり健在であり続けるだろうということで、明るい希望が生まれ、その次第を簡単に報告いたしました。
経費のカット、寄付、無料奉仕がその基本でした。

 去年はレストランでの会合で個室ではなかったため、黙祷など省略しましたが、今年は個人の家のなかで、余裕を持ってのことなので、黙祷30秒をみなさんにお願いしました。この日はすでにイスラム国で捕虜になっていた日本人の処刑が実行されたとのニュースもはいっており、全世界の人々の救助願いにもかかわらず、悲惨な結果がうまれたとのことでした。ほかに去年はKoreaでフェリーが遭難して若い生命が沢山奪われたり、いっぱい悲惨な事件や事故があって、世界は悲しみに満ちています。そういうこともあって、黙祷は意味があると思いました。あとで、参加者の方から、わたしが皆さんに黙祷をお願いしたのはすばらしいことであったといわれました。わたしも、 それでうれしく思いました。

 わたしは道元や禅が好きですが、基本的に無神論者でマルクス主義者でありましたが、最近は心霊現象の科学の、自身での探求も深まり、結果的には、やはりどの宗教にも属さないけれども、どちらかというとSpiritualistといえる立場にいる自分を発見しているこのごろです。その結果、Prayerお祈りに関しても、あれやこれや本で調べた結果、お祈りは科学的にも効果があるとわかっているということで、人間がSoul魂を持った存在で、肉体を喪失してからも意識と記憶を保っているということからも、お祈りが無意味な形式的行為ではなく、人間生活に大切な意味を持った行為であると思うようになっています。従って、機会があれば、みなさんに黙祷をおねがいするつもりです。ひとりでするよりも沢山でするのが、より効果があるそうです。

 ということで、黙祷をしていただいた後はスケジュールに従って、前Presidentのおことばと2014年度に盆栽クラブに参加した方々の紹介(若い人たちが加入されて、メンバーの平均年齢も若返りました!)がつづき、2015年度の運営委員の紹介となりました。

 あたらしい会長の挨拶のあと、祝杯Toastをいつものかたにお願いし、やっと食事の時間となりました。

 私の印象では、お弁当はVarietyに富んだおいしいおかずが沢山もられていて、Very Good!そして、この日のためにわざわざ魚市まで買出しに行かれたFreshな刺身二種類がそれぞれひとりずつケースに用意され、その新鮮な味わいを充分楽しむことが出来ました。これは私の印象でしたが、みなさんもご同様に感じられたことと思います。

 そのあといくつかのグループに分かれてカラオケ、おしゃべり、ポーカー、尺八などが興じられ、3時過ぎから8時過ぎまで、楽しく、和やかに、くつろいで、いままでの新年会の中では最高に楽しい会合となりました。わたしは8時過ぎに引き上げましたが、ポーカーなどのPlayerはまだ楽しんでおられたようです。

 私はもう何十年も歌を歌ったことがありませんでしたが、一緒に歌おうといわれて、”南国土佐をあとにして”、など二曲うたい、健康的だけど、やはり普段から歌いなれていないと声も出てこないとわかりました。知っている懐メロがほとんどカラオケ番組の中にはいっていなかったので、ますます世代の差を感じてしまいました。

 ほかに、スマートPhoneのやりとりで、それぞれ二人の会話者がモニターにうつっているところを見せていただきました。SF映画 ”2001年宇宙の旅”ー2001Space Oddyseyで見た、テレビ画面にうつしながら会話をする場面が小さな携帯で現実化しているということで、1969年ごろから30-40年経って、実際、顔を見ながら会話が出来る時代になったということを知りました。

 若い女性の会話を耳にしながら関西出身だなと思っていましたが、直接話してみて、同じ大阪出身とわかり、なるほどと思いました。松原だとのことで、私の卒業した高校が生野区にあった生野高校でしたが、卒業後松原に移転して、名前だけはそのまま残したという話を聞いていたので生野高校と名前を挙げると、もちろんご存知で、おなじ校区だったとのことでした。大和川もご存知で、なんだか子供のころの思い出をもちこまれたようで懐かしく感じました。まるで学生時代にもどって、クラスメートの会話をきいているような印象を味わいました。わたしはエルパソ時代に年長の同僚と話をしたとき、私は大阪弁、関西弁は好きですよ、浪速千栄子の大阪弁などやさしくて、きれいだと思うと私の意見を伝えたら、そのとおり、彼女の大阪弁はソフトできれい、しかし、あんたの大阪弁はきたない、などと冗談を言って楽しみました。彼は京都出身でしたが大阪はよくご存知でした。

 ともかく、前会長ご夫妻のおかげで、すばらしい新年会・総会が無事終了し、それぞれ楽しいひと時を持つことが出来、この日はすべて順調にすすみ、無事終了いたしました。みなさま、ありがとうございました。わたしは会計として、すべていただくべきもの(Cash, Check)はいただき、あとは家での整理を待つばかりです。

 会合のムードを伝える写真の一部を紹介します。すこしボケているのがあるかもしれません。ご容赦ください。

2月予定
2月8日 8時過ぎ Master宅 希望者集合 盆栽用Pots購買
2月22日 第4日曜日 月例会 ショー用盆栽の鉢あげ、Master宅集合 無料奉仕の時、同時に基礎技術学習のとき

村田茂太郎 2015年2月1日

New Presidentのあいさつ

マスターKimura &顧問Inoshita、元会長Wakamatsu など



カラオケ




































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