Translate 翻訳

12/01/2014

Nicholas Sparks 「Nights in Rodanthe」(「ロダンテでの夜々」?)を読む


Nicholas Sparks 「Nights in Rodanthe」(「ロダンテでの夜々」?)を読む

 昨日、Nicholas Sparksニコラス・スパークスの「The Lucky One」を読むのを途中でやめて、ほかの本をさがして、この本「Nights in Rodanthe」を見つけた。わたしの、本の裏に記したメモをみると2004年8月29日読了と書いてあるだけで、GoodとかVery Goodとかという印象がしるされていない。購入してすぐに読んだらしいことは確かだ。

 2013年に、この作品の映画、Richard Gere と Diane Lane 主演のDVD MovieLos Angeles Public Libraryから借りて、見て、最後の場面で感動し、そのことについては、このブログのNicholas Sparks紹介の文章の中ですこし触れたが、このStoryがわたしには映画で初めて接したような体験であった。最近、Nicholas Sparksの本何冊かが、倉庫のBoxesの中からでてきた。「Nights in Rodanthe」もみつかり、覗いてみると、Paperbackを私が持っていただけでなく、ちゃんと2004年に読了となっていたのを知って驚いた。

 いったいどういうことか。2004年8月といえば、わたしの勤めるエルパソの会社がメキシコ工場ともども、Closingにむかって縮小・整理中で、わたしも引継ぎ書を作成するようにいわれて分厚いManualをつくりおわって引き渡したころであった。そういう精神状況の中でLove Storyを読んでも、心に残らなかったということであろうか。本を読むのにもTimingが重要ということだったのかもしれない。それはすべてについていえることであるが。この本の中でも、娘がなぜ自分に言ってくれなかったのかと訊ねるところが何度もでてくるが、母親はやはり、まだその機会でなかったからと説明する場面。

 映画はもちろん小説のとおりではないが、なかなかうまくこの物語の魅力をつかんであった。熟女Adrienneを演じる女優Diane Laneと問題を抱えたドクターPaul を演じるRichard Gereはそれぞれ役にふさわしく、上手に演じていたように思う。この映画も過去の回想という形ではなく、現在の出来事として展開されている。ほかの映画化された彼Nicholas Sparksの小説(「The Notebook」、「A Walk to Remember」・・・)など、みな同様である。

 昨日、この本をもういちど読んでみようと思って、昼過ぎからとりかかったが、素晴らしい内容で、映画の場面を思い起こしながら、私は没頭し、一日で、その日のうちに読み終わった。最後のほうでは涙が出てきてKleenexが何枚も必要になったほどで、これはもしかしてNicholas SparksLove Storyのなかでは一番泣けてくるStoryではないかしらと思ってしまった。ほかに「A Walk to Remember」も敬虔な感動に包まれたが、そして「The Notebook」もすこし感動する場面もあるが、このRodantheの最後の何ページかは本当に涙が出て、これはPublicの場所では読めない本だなあと思ってしまった。最近、単純なLove Storyに感動することが多いので、ともかく、これは素晴らしい本であったと思い、映画の批評家の評判は決してよいほうではないが(通俗的ということか)、そのうち、映画のDVDも手に入れて、何度も見てみたいと思う。Richard GereのドクターとDiane Laneの熟女の取り合わせは悪くなく、わたしはこの二人をイメージしながら小説を読み終わった。

 映画と違って、小説では女主人公Adrienneには3人の子供がおり、今現在、彼女は60歳になっていて、子供たちもそれぞれ家族もちで立派にやっているのだが、どうしたことか、娘Amandaの夫がまだ幼い子供二人と妻Amandaを置いて、病気で急に亡くなった。若い夫を亡くした娘AmandaGrief嘆き悲しみは大変なもので、もう何ヶ月にもなるのに、その悲しみから立ち上がることができず、自分のまだ幼い子供二人の面倒も、ほかのひと(自分の兄弟とその妻たち)にまかせっきりである。母であるAdrienneが娘にアドバイスをしようとするが、お母さんはお父さんと離婚したくらいで、仲良く愛し合って過ごしていたわけではないから、自分の気持ちがわかるはずがないといって、聞く耳を持たない。

 Adrienneの離婚は、夫Jackが一方的に取り決めたもので、若い弁護士事務所の同僚の女性と再婚したのであった。これもまたKristin Hannahの「On Mystic Lake」やK.C. McKinnonの「Dancing at the Harvest Moon」と同様で、アメリカでは特に、この種の脱線―熟年(50代前後)の金持ちのProfessional(主に弁護士)が浮気というのでなく、さっさと若い女性と結婚に走り、糟糠の妻を離婚してしまうケースが多いようである。

 そこで、母であるAdrienneは娘Amandaに、14年ほど前、45歳のときの体験を娘に語ってやることになる。ここから、Love Storyになる。

 話は単純で、45歳になるAdrienne Willis(3年前に離婚を経験して三人の子供をもつ女性)と54歳ほどの、働きすぎて問題をかかえているDoctor Paul Flanner(妻からは一方的に離婚をもとめられ、一人息子からは一方的に絶縁され)とが、North Carolinaの海岸にあるRodantheという町のBed & Breakfast風のInnで4-5日一緒にすごしただけだが、それが二人にとってLife changing Love AffairSoul Mateの発見となったわけであった。

 ドクターPaulが季節はずれのRodanthe(ロダンテ)にやってきたのは、彼がからむ整形手術で女患者が死んでしまい、遺族から起訴されて、いろいろ面倒な手続きを経たあと、医療的には過失はないと判定されたが、遺族の夫がじかにドクターに会いたいと書いてきたため、弁護士からはその必要がないといわれたにもかかわらず、会う気になって、4-5日、宿の予約をとったわけであった。

 丁度、Hurricaneがやってくるというニュースで、時期はずれでもあり、Innに泊まったのはドクターひとりであった。InnOwnerは結婚式にでなければならないからということで、女友達Adrienneにその管理を頼んだのであった。

 そして、ふたりはお互いの、誰にも打ち明けたことのない身の上話を語り合い、よく理解しあい、そのうえで、Soul Mateの出会いのようなLife ChangingLoveを発見し、性愛とSpiritualな愛との両方がまざった、高貴な人間どうしの魂のふれあいを感じ、生涯の愛を誓う。

 ドクターは貧しく生まれたため、必死で勉強し、成績優秀ですべてをやりこなし、医者となっても富と栄誉を求めて大成功をかちえてきた。しかし、そのためになくしたものも大きかったが、ドクターは手遅れになるまで気がつかなかった。一人の息子は父親を拒絶して、彼自身ドクターになったが外国の貧しい人々のために働くといってエクアドルに去り、妻も離婚してしまった。最後に女患者の死亡をめぐって訴訟になり、調査の結果、ドクターに落ち度がなかったとわかったが、かれに深刻な思いを持ち込んだのは事実であった。

 Rodantheに宿を取って、その遺族に会いにいくと、息子らしいのがでてきて、怒りを発散させるだけであった。連絡先をのこして宿に引き上げ、その面会結果を宿の女性Adrienneに報告したところ、非常にPositiveな意見を聞くことができ、話を交わすたびに、この女性がすばらしい人物であることを発見し、こういう素晴らしい女性を離婚する男がいるとはナントばかげたことかと思う始末である。

 二人だけの食事と会話でふたりはますます打ち解けてきて、お互いがSoul Mateをみつけたように感じ、はなれられないと思うのだが、ドクターは息子が医者をしているエクアドルの山にはいって息子の信頼をかちとるために、医療のヘルプをするつもりであるということで、それでは1年後にFreeになって結婚しようということになる。息子Markが彼をAcceptしてくれるかわからないが、彼はいまやAdrienneの愛を得た以上、自信を持って謙虚に息子の愛を克ち得るつもりででかけるのであった。

 別れた二人は手紙を交換し合い、時には、都会に出たドクターからの電話連絡をたのしみに、まったく新しい人生をあるきはじめたのであった。

 こういうLove Storyを娘にはじめて明かしたAdrienneは娘Amandaからなぜ今まで黙っていて、話してくれなかったのかといわれて、それはあなたが、準備ができていなかったからで、そのころ話してもぜんぜん理解してもらえなかったのは明らかだ、あなたは、まだ自分がお父さんを受け入れようとしないことに対して、怒っていたのだから、という。

 さて、ではこの結末がどうなったのか、彼は今どこに居るのか、との質問に、母親Adrienneは手紙を一通みせる。それは同じNotebookの用紙だが、筆者はMarkとなっている。そこには、息子の目から見た父親の姿とその父親が、今まで彼が見知っていた父親とはまったく異なって、まさにDaddyとよべる本当の父らしい人間になっているのを発見した喜び、そして、その父親の人間的成長におおきな力となったのが彼女Adrienneの愛であり、父はいつもあなたAdrienneについて語ることを喜び、一緒になれる日を夢見て生きていた、父がこうして自分のDadとなれたのも、まさにあなたの愛が彼を変えたのだ、あなたはあなたの愛によって、父を変え、同時に息子私をもかえってしまった。わたしは今、本当に父を愛することができる。父はあなたと一緒に過ごせることができるなら、それまでのすべてを投げ捨ててもよいと思う人間になった、そして、わたしもあなたによって父親の本当の愛を発見できた・・・金や名声を求めていた父とは完全に違った、謙虚で、おおらかで、やさしく、暖かい人間となって自分の前に現れた、これこそまさに父があなたと出会うことによって築くことができた姿であった。

 そして、ある日、ジャングルで大雨が何日も続き、山奥の臨時診療所も危険な状態になった。父はジープを運転して、自分がいる場所へかけつけてくれて、危機一髪で災難から救出してくれた、しかし、そのあとの山道で、クルマは雨に押し流され、転がり落ちてしまい、自分は骨折その他の怪我をしたが、ともかく、生き延びることができた、しかし、父はその事故で死んでしまったということであった。

 彼女はクリスマスに彼がかえってきて、会えるのを楽しみに、ホテルも予約し、あのときに一緒に味わったWineも買って待っていたのだが(映画ではうまく描いていた)、彼は来なかった。来れなかったのだ。

 自分、息子Markは助かったけれど、怪我で動けず、こうして初めての手紙を書くことにしたということであった。

 その後、彼の息子は一度、彼女に会いに来た。彼女の書いた手紙の束その他を彼女に手渡し、父親の遺言のようなものを伝えた。

 娘Amandaは母親がそのような大きな悲しみにおそわれていたことを何も知らなかった。自分の夫が死んだときには、すくなくとも自分は最後まで枕元でみとることができたのに対し、母の場合は、死に目にも会えず、最後の言葉を交わすこともなかったのだ。

 Adrienneはドクターが自分の息子を思って、危険を冒してエクアドルの山の中に入り、息子を助け出し、自分は死んでしまった、そして彼は今同じような状況においこまれても、同じように死ぬとわかっていても息子のために助けに行くだろうと思う。

 このAdrienneLove Storyを知っているのは、今では病気でしゃべれない彼女の父親だけである。そして、この話をしたのは、娘Amandaが夫に死なれて、悲しみから立ち上がれないだけでなく、息子たちをほったらかしにしている状況からたちなおるきっかけともなればと思って話をしたのであった。

 娘は、母親が見かけ以上にタフであることを発見したのであった。

 母親Adrienneは、このドクターとの愛にめぐまれてからは、寛大な心もうまれ、若い女を追いかけて自分を離婚したEx夫も許せるようになった。もう、誰とも結婚するつもりはないほど、充実した中身を持ち、自信を持って生きていけるようになった。だが、愛するドクターがエクアドルで亡くなったとき、自分の大事ななにかも一緒になくなったのは確かであった。

 この本は230ページ足らずの小さな本だが、すごい内容をはらんだ名作だと思う。最後のほうのページをすこし覗いてみるだけで、たちまち小説空間の中に入り込み、思わず、泣けてくる。もしかして、これが私にとってNicholas Sparksのベストといえるかもしれない。感動ナシには読み終われない、すばらしい作品である。今読み終わったばかりだが、またもう一度、すぐに読み直そうと思っている。

 Love愛は何歳になっても可能で、未来に満ちているということをFictionのかたちで証明した、本当に感動的な作品であった。たった2-3日の、愛に満ちた日々が、ふたりの人生を決定的にかえてしまったのだ。それは、悲劇におわったけれども、生み出したものは、何ものにも代えがたい力を生み続けたのであった。

村田茂太郎 2014年12月1日

 

No comments:

Post a Comment