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10/22/2014

小山勝清 「それからの武蔵」を読む


小山勝清 「それからの武蔵」を読む

 最近、また「それからの武蔵」を読み返した。もう少なくとも、私は、5回は読んだことになる。娯楽もの時代小説としては最高に楽しめる小説であり、文庫本6冊を読みながら、わたしは毎日楽しく過ごすことができた。

 「それからの武蔵」とは、もちろん、有名な佐々木小次郎との巌流島での決闘から、その後ということで、第一冊目は、その決闘からはじまっている。

 学生時代に、この本をベースにしたと思われる映画がTV30分もので放映され、私は機会があるたびにその放映を楽しんだ。月形龍之介が武蔵を演じていて、わたしはイメージ的にVery Goodと感じながら楽しんだものであった。映画は1964-1965だけでなく、1981年、1996年にも作成されたらしい。ストーリーはすこし原作とは異なった展開をしたところもあるという。

 宮本武蔵といえば、小説では吉川英治が有名だが、これは小次郎との決闘で終わっているから、そのあとの武蔵の成長にはふれられていない。この「それから」のほうは、決闘から始まって、62歳で亡くなるまでの波乱万丈の物語を事実とFictionをまじえながら、興味深く展開しており、娯楽ものとはいえ、非常に深みのある武蔵像を上手に描き出していて、名作だと私は思う。当時としてはめずらしいほど合理的精神を保持してすべてに対処し、宗教に頼らないで独自の境地に達したようで、非情な世界を徹底して生ききった達人の姿をこの小説は描ききっているように思う。よく武蔵を読み、理解し、自分のものにして描ききっているというのが私のこの小説を楽しめる理由だと思う。

 宮本武蔵といえば剣の達人として有名だが、ほかに絵も描き、彫像や鍔もつくり、そして兵法の書や哲学的思想的な五輪書をあらわした、ひとりの文武両道に秀でた天才であり、絵は国宝級で、鈴木大拙の「Zen and Japanese Culture」にも写真が紹介されて、世界に知られているほどである。

 浜松の工学部の大学を中途退学したとき、私は友人からの餞別として何を望むかとたずねられ、自分の希望を伝えたが、ひとつは「イタリア語4週間」という本、別の友人には、宮本武蔵の「五輪書」を所望した。なぜイタリア語の入門書であったのかは、よく覚えていないが、多分、Mozartの音楽に没頭していて、ケッヘル番号表を豆ノートに全部書き写して、聴いた音楽を全部マークしていったくらいだから、そして音楽用語といえば、みなイタリア語でできていたから、そしてMozartはもちろんイタリア語のオペラと関係が深かったから、私もイタリア語が必要と思ったに違いない。

 「五輪書」はもちろん宮本武蔵が死ぬ前に書き上げた名著であり、当時、小林秀雄の「私の人生観」などを愛読していて、“独行道”とともに武蔵理解に欠かせない文献だと思っていたからである。

 「それからの武蔵」には、Fictionをまじえて、女性が5名ほど(お孝、お悠、おりん、お松、由利姫)登場する。私たちは、武蔵が結婚をしなかったことを知っているが、ここに登場する5人の女性は、それぞれ立場がちがっても、武蔵の強烈な人間性・人格に魅惑され、懊悩しながらたくましく生きようとし、武蔵自身もその影響をうけざるをえなかった。この小説で、ほとんど結婚の約束までかわしながら、武蔵が唯一君主として認めた熊本城主細川忠利が病没したため、成就しなかったことになっている最後の女性・由利姫の成長発展ぶりもすばらしい。

 史実としては、丁度、武蔵が生きた時代が、関が原から徳川幕府成立・確立の前後にあたっていたため、三大将軍徳川家光との謁見、“島原の乱”とその前後の長崎近辺の様子なども描かれ、熊本藩の内部の出来事としては森鴎外によって描き出されたため、特に有名な、殉死をめぐる「安部一族」の事件まで、かなりくわしく描出されている。ほんの断片だが由比正雪まで登場する。徳川政権安定を目指して、大名取り潰しが続出して天下に浪人があふれた様子も描き出されている。

 著者小山勝清(こやま かつきよ これは東京よみ、熊本では おやま と読んだらしい)は九州出身のひとらしく(熊本県球磨郡相良村)、九州の自然の美しさが見事に描き出されている。

 わたしは高校の修学旅行で九州の上半分を観光し、工学部の学生であったときに友人と、今度は一応、宮崎、鹿児島まで含めて観光したことがある。

 この武蔵の小説を読みながら、熊本や天草、島原、雲仙などが魅力的にえがかれていて、一度、ゆっくり九州観光をしたいという思いにかられたが、わたしも年をとり、アメリカに住んでいては、もう不可能であろう。残念である。(余談 先日、TV NHK World を見ていて、たまたま Ken Noguchi をUniversity of Tokyoのアメリカ人Professorが流暢な日本語でInterviewするという番組があり、わたしは途中から見つづけたが、この、世界7大陸の最高峰に25歳までに全部登頂してWorld Record保持者となった世界的に有名なAlpinistが、番組の最後のあたりで、日本の白神山地などが最も美しい自然だと思うといい、日本はサンゴ礁の海からほとんどあらゆる変化に富んだ自然を擁していてすばらしいとかと言っているのをきいて、世界中を見てきたはずの人も、やはり日本列島という見事な自然を擁した国のすばらしさを確認しているのを知って、わたしと同じ意見だと納得した。本当に日本全体がカリフォルニア一州に収まる程度の国の広さにもかかわらず、サンゴ礁から流氷まで、ほとんどあらゆる自然現象を擁しているすばらしい国であることを確認できるのはうれしいことである。Noguchi氏は日本人がヒマラヤにかぎらず、富士山などすべてのところで、ごみを散らかしたままで平気なのを恥ずかしく思い、自然を守り、ごみをなくす運動をヒマラヤでも日本でも組織し、清掃に効果を挙げているのは見事なものである。かれはヒマラヤ登山に欠かせないシェルパが、一緒に遭難しても、ニュースにもならないのに怒りを覚え、遺族たち、特に子供たちが教育を受けられるように基金をセットしたりして、あらゆる面で貢献しているようだ。よい番組であった。)

 室町幕府・第15代将軍・足利義昭の孫娘由利姫“というのが登場し、これがとても魅力的で、小説としての展開も面白いものになっている。長崎・島原では危険を犯してキリシタンの孤児を収容・救済する仕事に没頭し、最後のほうでは、彼女はなにもかも捨てて四国88箇所巡礼の旅まで貫徹する。

 細川忠興の孫娘“お悠”というのも、武蔵の魅力にひかれ、武蔵との愛はまっとうしないが、武蔵から学んだ生き方を自分も貫徹しようとする。

 佐々木小次郎の愛人で、正式に女房になるつもりであった女性“おりん”が登場し、巌流島での決闘の結果、すべてがぽしゃったため、恨みに思って武蔵を追い続け、短筒でねらいつづけるが、彼女はほかの女性が武蔵を恋続けるのが気に入らず、とうとうこの忠興の孫娘を撃ち殺したことになっている。彼女の相棒とも言える男もずっと武蔵を追い続けたが、そのうち、江戸で兵法指南番にまでなり、有名な寛永御前試合を将軍のまえで行うという行事を取り仕切るまでになる。それもこれも、彼が武蔵を追いかけながら、武蔵の兵法を徹底的に探求したことが、兵法の専門家にまで仕上げたということらしい。この辺はみなFictionらしいところである。

 佐々木小次郎の弟子で、武蔵を恨む何人かの若者たちが、ほんものの武蔵に触れて、武蔵の偉大さに目覚め、弟子となり、誠実に女性たちを守り続けるすがたは気持ちよい。

 そのほかに、有名な槍の高田又兵衛との試合や棒術との試合など時代物小説らしい興味深いシーンも散らばっている。新陰流で有名な上泉伊勢守の弟子の一人で九州に引退した体捨流の丸目蔵人(まるめ くらんど)を訪問する場面も非常に興味深い。

 ともかく、小説的面白さに富みながら、宮本武蔵という人間の魅力と偉大さを多面的に描き出した、すばらしい伝記小説・歴史小説である。

 著者小山勝清は1896年から1965年のひと。若いときは労働運動に参加して挫折を経験し、一時、柳田國男に師事したこともあるという。児童文学者としても有名であったようだ。「彦一 とんちばなし」・・・

 幕末から明治期に生きて、「大言海」という本格的な日本語の辞書をあらわした大槻文彦の伝記小説「言葉の海へ」を書いて有名な高田宏が「われ山に帰る」という評伝小山勝清を書いているらしいが、残念ながら読むチャンスがない。

村田茂太郎 2014年10月21日、22日

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