小学6年生―社会科 日本の歴史 のための拙文集(10)「武士と風流」
「武士と風流」 日本人の好みの一類型
「月夜に しょう吹く新羅三郎」。私が小学生のときに覚えた“歴史カルタ”のひとつである。新羅三郎(しんら さぶろう)などという名前は小中高の教科書はもちろんのこと、大学入試にも出たことは無いから、知っている人は少なかったに違いない。新羅三郎=源義光は、源義家=八幡太郎の弟であった。“前九年の役”の勝利の後、一時鎮まっていた奥羽地方が清原家の騒乱で荒れだし、その沈静に向かった源義家が苦戦しているといううわさを京都で聞いた弟の義光は、兄を応援するための許可を朝廷に願い出たが許されず、義光は検非違使(けびいし)の役を投げ捨てて、兄の援助に向かったのであった。
その義光を追いかけて、途中から合流したものがいた。豊原時秋といい、しょうの名人豊原時元の子供であった。近江から相模の国まで来たとき、新羅三郎義光は時秋の心の中を察し、1087年8月、丁度、足柄山の山の中で、明月の夜、しょう の秘曲を吹いて、時秋に伝授し、同時に、名人時元から譲り受けた しょう も時秋に与えた。義光は、時元の子供がまだ幼かったため、秘曲を時元から受け継いでいたのだが、決死の覚悟で、兄義家の救援に出かけたので、時秋が秘曲を教わりたいとの決意であとをつけてきたに違いないと読み、その希望をかなえてやったのである。
そして、その後、義光は兄義家と無事再会し、“後三年の役”といわれた戦いを勝利に導くことが出来た。朝廷は、この戦いは清原家のうちわの戦いとみたため、義家が戦争を終わらせても、ほうびを与えなかった。義家は私財を投げ打って部下に与え、かえって義家の人望は天下に鳴り渡った。雁の乱れに、伏兵を知り、戦争を優勢に導いたといわれるのも、この戦いであり、“前九年の役”の時の、安倍貞任(あべのさだとう)との歌のやり取り、「衣のたては、ほころびにけり」、「年をへし、糸の乱れの苦しさに」 における、合戦の中での武士の情けといったものも踏まえて、「類なき名将 源義家」という歴史カルタは作られていた。
「月夜に しょう吹く 新羅三郎」も、足柄山明月での秘曲伝授と、兄義家援助の旅という逸話を踏まえてつくられていたわけである。この話は、その当時、既に有名であったらしく、源義経が奥州を抜け出して、挙兵した源頼朝に合流しようとしたとき、頼朝は、義家と義光の再会を思い出したのであった。こういう話は、日本人はみな常識として知っていたに違いない。そして、人々は文武に優れた人間に魅力を感じるのが常であった。さむらいの親分のひとりが、明月の夜に しょう という楽器を演奏するという事実の中に、ただ武力を鍛えるのでなく、文化にも力を注いだ人間達の人間的な魅力を発見していたわけである。
そして、こういう、いわば、風流志向は、同じ歴史カルタの中の「えびらに梅さす 梶原景季(かじわら かげすえ)」というふだにもあらわれている。梶原景季は、源義経にとっては、命取りとなった頼朝方の監察梶原景時の子供であり、有名な宇治川の先陣を佐々木高綱と争って、佐々木にやりこめられた男であるが、この景季が、矢を入れる筒である えびら に梅の枝を折って、差し込んで、戦場に出たという逸話をかるたに取り入れ、武人が武人に終わらず、人間的なセンスを持っていたらしいという点を可としているわけである。
そして、武人と文化という組み合わせを考えると、三国志の有名な魏の曹操(孟徳)(そうそう そうもうとく)のことが浮かんでくる。魏という邪馬台国(倭)と関係の深かった国の皇帝(武帝)として、蜀や呉と戦って、勝ったり負けたりしていた曹操は、同時に「短歌行」などというすばらしい傑作の詩を作る天分にも恵まれていた。内政においては、“九品中正の法”などという世界で始めての官吏登用試験制度を採用し、外交においては日本(邪馬台国)と交流し、という具合で、歴史上、文武に優れた英雄として有名である。その息子の曹ヒに至っては、世界で始めて、文芸の世界が政治の世界とは独立した、男児にとって一生を託するに足る立派な事業であると宣言したほど、この皇帝一家は文化面への天才を保持していた。
850年ほど後の詩人・政治家蘇軾(そしょく)が曹操の赤壁での戦いを舞台に不滅の「赤壁の賦」をつくり、さらに900年ほどあとの私達現代人を喜ばせ、感激させている。
月明らかに星稀に、ウジャク南に飛ぶ 此れ曹孟徳の詩にあらずや・・・
酒をしたみて江に臨み、矛を横たえ詩を賦す、まことに一世の雄なり。・・・(蘇軾 前赤壁の賦)
学研「物語日本史」第3巻『源平の合戦、三代将軍実朝』の巻は、ただ源平の合戦だけでなく、源氏の棟梁として発展の土台を築いた源義家や保元・平治の乱から、源氏が三代で絶えていくまでが記されていて、この私が覚えていた歴史カルタ「月夜に しょう吹く・・・」の場面まで描いてあった。なんだか、懐かしい友人と出会ったような気分で、うれしくなった。本当に、この「物語日本史」はすばらしい。どの巻から読み始めても良いから、このクラスの6年生全員に読んでもらいたいと思う。
1994年5月13日 執筆
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