Translate 翻訳

2/28/2012

旅の思い出―野中の清水 (和歌山県)

2008年2月、日本訪問時、姉夫婦に紀州温泉旅行に連れて行ってもらいました。
日本のよさの一つを確認した旅となりました。
『野中の清水」の思い出は今では、私にとって貴重なものとなっています。
2012年2月28日

どこかのエッセイ・コンテストに送りましたが、没になった作品です。
今回は写真を添付して、ご参考に供したいと思います。
----------------------------------------------------------------------------------------------
アメリカから日本を訪問するというので、姉夫婦は紀州温泉旅行を計画してくれた。姉のおかげでというよりも、クルマで案内してくれた義兄のおかげで紀州の熊野や湯の峰などあちこちを訪れることが出来た。その二年前にも友人のドライブで十津川峡谷・谷瀬のつり橋や川湯温泉、瀞八丁、那智の滝、新宮、勝浦その他を楽しむことが出来たが、義兄はそのときには訪れなかっためずらしい場所へつれていってくれた。今も懐かしく思い出せる、素晴らしい旅となったわけである。

それは、丸山千枚田、湯の口温泉などであるが、特に心に残ったのは「野中の清水」であった。ふつうの観光では気がつかないようなところで、いわゆる観光バスでは多分来られないと思った。義兄も地元の人に路を確かめながら、わき道からのぼって、ほそい道をドライブして、たどり着いたところが「野中の清水」であった。

ここは江戸時代から既に有名であったのか、俳人服部嵐雪の句碑や斉藤茂吉の歌碑などがあり、由来が書かれていた。二月中旬のことで、付近の家の瓦屋根やわらぶき屋根に雪が残っていた。きれいな清水がわきでて昔から有名で、その証拠にこの周辺には皇室が訪問したという記載があったり、すぐ後で述べる茶屋のおばあさんとの会話でわかったのは、某首相夫妻も訪れたとか。一方杉とかで鳥居もあり、それなりに知られた場所なのである。

わたしに心地よい記憶をとどめることになったのは、名水「野中の清水」そのものでなく、その横にあったわらぶき屋根の茶屋とそこをひとりで仕切っていたきれいなおばあさんのせいである。「野中の清水」でつくったコーヒーとだんごを所望したが、その茶屋のまえの眺めといい、付近の静かな、昔をおもわせるたたずまいといい、古き良き日本がここに健在していると示すものであった。

おばあさんは八十歳を超えているとのことであったが、着物を着ればすごい美人で似合うだろうと思うほどで、おばあさんを囲んでさまざまな話になったが、わたしがアメリカから来たと告げると、十年ほど前、彼女は着物姿でアメリカ旅行をしたという。さぞかし、ふじやま芸者ガールの日本美人ということで人気があったでしょうと、笑いあった。おどろいたことに彼女の知的好奇心はたくましく、記憶も鮮明で、立松和平のはなしや中上健次そして京大の山中教授の開発した万能細胞に及ぶまで、なんでもよく知っていた。

丁度、桃の節句もちかく、畳には大きな各種のひな壇が飾られていた。欄間には額がかけられていたりして、確かめたところ、平櫛田中の絵はホンモノだとか、ここにあるのはみなホンモノですよとおばあさんは笑いながら説明してくれた。そこから、某首相訪問のことがでて、夫妻がここをおとずれて、よほどおばあさんが気に入ったのか、郷里に帰ってから、自分で詠んだ歌を筆で書き額に入れて送ってきてくれたとか。このわらぶき屋根の茶屋のまえには短冊と書き物が用意してあり、訪れた人は俳句を書き残していくということであった。わたしも記念に書き記しておこうと紙をとって、二首、腰折れ俳句を書きつけた。姉が聞かせてくれというので、詠み上げた。名前とロス・アンジェレスとだけ記入して投函しておいた。

眺めよし 昔しのばむ 野中茶屋

山青く 心さわやか 茶話の時

俳句よりも短歌のほうが、より感情を盛り込めると思ったが、ここは俳句会の領域のようであったので、わたしも俳句だけにしておいた。

茶屋の前には谷を挟んだような形で対岸の山が雪をとどめて青黒くやさしく横たわり、おだやかな、見事な風景であった。花の季節ではなかったが冬でも様になる光景であった。わたしはもう一度訪れたいと思ったが、日本で、自分で、こんな細い道をドライブなどとても出来そうにないし、義兄をもう一度わずらわせるわけにもゆかないので残念ながらこれが最後だろうと、日本のよさを残したこの「野中の清水」訪問に満足してつぎの場所に向かった。あとで、日本地図帳にも「野中の清水」と載っていたので、本当にここは有名なところで、知らないのは私だけだったのだと確認した。有名なのは当然で、ここは熊野古道に属したのだから、熊野参詣の旅人に憩いの茶屋として親しまれたに違いない。日本のよさがまだまだ保たれているのを見出して、わたしはうれしかった。日本は自然に恵まれた本当に美しい国だと思う。いつまでもこの見事な自然が残っていって欲しい、いや残さねばならないと思う。


村田茂太郎








No comments:

Post a Comment