アメリカの Western Film 西部劇映画で特に有名になったMonument Valleyはアリゾナ北部からユタ南部にかけてひろがる、独特の景観で、誰もアメリカの自然のなかでは必見のところとみなしているようです。
あるひとは、有名すぎるGrand Canyonよりも印象的であったと話していました。
わたしはどちらも何度も訪問し、どちらも違った味があるので、どちらも好きですが、このある意味では荒涼とした原風景を愛した映画監督がJohn Fordで、本当の場面とは場違いなWestern (Tombstoneを舞台にしたMy Darlinbg Clementine 邦訳名「荒野の決闘」やSearchers)をこのモニュメント・バレーで撮影しました。ほかにもいっぱい西部劇映画の舞台または背景につかわれたようです。
ここはナバホ・インディアンの領域で、Indian Reservationに属しており、観光は大きな収入源なので、Indianのガイド付きのジープにのって、中を一緒に見て回るのが、一般の観光の仕方でした。なかには、若者のIndianが歌をうたってくれたこともあり、ともかく、一度は訪問する価値はあります。
有名なMonument的な岩石だけでなく、大きな岩穴があいた巨岩がいっぱいあり、そういうなかのひとつで、声を張り上げてうたってくれました。毎度とは限らず、わたしは4-5回の訪問で一度だけ、それを体験しました。エルパソからユタ州境のアリゾナ・Monument Valleyまでは、走りづめで一日たっぷりかかり、普通はコロラドCortezで泊まって、翌日、訪れるという感じでした。
アリゾナ側の入り口から、いつのまにかユタ州Utahに入っているということになります。写真としては、なかなかPhotogenicでいい写真ができますが、どうみても、雨の少ないドライな、何も無いような地域で、Navajo Indianは羊を飼って、生活を営んでいたようで、いまだにジープでまわっている途中で羊の群れを目撃したりします。
(わたしの印象では、住むのには、New Mexico、 TaosのTaos Pueblo Indianのほうが、恵まれていたと思います。豊かな水と自然と森林にめぐまれ、悪いアメリカ人(Magnificent Destiny)が侵略してこないときは、Indian達は平和に過ごせたに違いありません。)
ナバホはスペイン人がつけた名前だとCanyon de Chellyのナバホ・インディアンが話していました。スペイン人から見て、彼らがなまけものに見えたということらしい。
Zane GreyやTony Hillermanなど、このMonument Valley周辺を舞台とした興味深い西部劇や探偵小説を生み出しました。
村田茂太郎 2012年11月11日
Monument Valley, Arizona/Utah |
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Monument Valley、穴の開いた巨岩の天井 |
Monument Valley |
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