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9/17/2018

寺子屋的教育志向の中から - その33  コウモリの飛翔をめぐって

寺子屋的教育志向の中から - その33 コウモリの飛翔をめぐって



コウモリへの畏敬          コウモリの飛翔をめぐって



テキサスの西端エルパソからニューメキシコのカールスバード洞穴国立公園までは約150マイル(240キロメートル)、二時間半のドライブである。三十分ほど手前にテキサスのグアダルーペ山脈国立公園 がある。



洞穴の規模として世界最大といわれているのはケンタッキーにあるマンモス洞穴国立公園であるが、このカールスバード洞穴も世界有数の規模であり、1987年にレチュギヤ洞穴(Lechuguilla Cave)が見つかって、名実ともに洞穴として世界のトップクラスの位置をしめることになったようだ。このレチュギヤはみごとな洞穴で一冊のきれいな写真集が出版されているだけで、まだ一般公開はされていない。



とくにこのカールスバード洞穴は地底のビッグルームといわれる部分が有名で、フットボール競技場十四個分のスペースがあるといわれ、そこを歩いて廻るのに、すばやく歩いて一時間ほどかかる。これは世界最大の地底空間だとか。(1950年代、ハリウッド映画ジュール・ベルヌ原作の“地底旅行”撮影に使われたという。)全体が照明されていれば素晴らしい光景だと思われるが、写真で見るのと違って、実際はあるスポットだけ照明されているので、殆どは暗い中をあるくことになり、私の好みでは、洞穴の中を歩くよりは外をハイクするほうが楽しい。従って、いつも全体を二時間で見終わるという駆け足観光をするのが常であった。



この洞穴学も日に日に進歩するようで、今までは洞穴は、いわゆる炭酸水による石灰岩の侵食という説が一般であったのに対し、このカールスバード洞穴のような巨大なビッグルームが形成されるにはそれでは不十分で、ここでは炭酸水のほかに硫化水素が大きく作用したのではないかという説が1970年代以降あらわれてきており、ちょうど、恐竜が、爬虫類の冷血動物説から現在の鳥類の祖先・温血動物説への巨大な展開、発見があったように、どのような分野でも新鮮な目で眺めなおす必要があるということを、この洞穴形成に関する研究も教えてくれている。



私はエルパソに住んでいたので、この国立公園へは何度も訪れるチャンスがあった。このカールスバード洞穴は今では世界自然遺産に登録されているようである。このカールスバード洞穴はグアダルーペ山脈の最北端を占め、ここの数ある洞穴が示しているように、この一帯は昔から化石が沢山発掘されてきた。グアダルーペ山脈国立公園にはPermian Trailというハイキング・ルートがあり、化石で道標が示されている。ペルム期は古生代の最後を飾る時期であり、その化石がこのグアダルーペ山脈一帯に多量に出土し、巨大な化石岩礁が地上に露出したところとして、世界的にも有名で、各地から地質学者や古生物学者あるいは高校の教師などが研究・研修に来る。私が一度ひとりでこのルートをハイクしたときも、バスで来たのか一群の教師らしき団体が山から降りてくるのと出会った。



さて、何度も訪れたカールスバード洞穴であったが、訪れるのは何時もお昼で、有名なコウモリが飛び立つ七、八時ごろまでいたことはなかった。この洞穴には夏の間(五月から十月はじめ)、メキシコからコウモリが移住してきて、住み込み、季節が終わると、メキシコに飛び去るので有名で、メキシコ・オヒキコウモリ(Mexican Free-tailed Bat)という。コウモリの一群は、夕方、固まって飛び立つのが有名で、大きな洞穴の前には見学用の座席が設けられRanger(公園警備隊員)が一応、説明をし、科学者が洞穴付近の熱や気圧の変化などを測る研究用設備をセットして、最初のコウモリが飛び立つのを待つ。



私は、一度は見ておかねばならないとカールスバード市のモーテルに宿をとって、まず昼の間に洞穴を見学し、夕食後、また出直して、洞穴の前に立った。

Rangerの説明ではこの洞穴には三十万匹ほどのコウモリが居て、ちゃんと順序良くとびたち、また早朝、帰るとのことで、なかには餌を追い求めて三千メートルの高さまでとびあがるコウモリもいるとか。そして、沢山のコウモリが同じ洞穴にすんでいるにもかかわらず、母親は子供を間違いなく探し出すとのことで、動物の世界は驚異に満ちているのがわかる。



コウモリが飛び出しはじめたら、写真撮影は禁止、光や音がコウモリに悪影響を与えるからとのことで、よく見ておくほかない。事前にRanger が説明してくれたとおり、コウモリは、いっせいに、デタラメな方向にとびたつのではなく、まるで、シーザーの重装備歩兵百人部隊の隊長指揮の下、順番に繰り出してくるようであり、なんと、洞穴を出たところで、まるで見えない円筒が存在するかのごとく、そのまわりを二、三回ならしの飛翔をやってから、用意完了、さあ飛び立とうという感じで、それぞれ小さな一団が、煙突から煙がぽっぽと飛び出るように、しかも煙突から出た煙が一定の方向に風に流されて少しずつ上に上がっていくのと同じような調子でふわふわと浮き上がって、ひとつの方向に流れていく。そして慣れてしまうと、遠く離れて見ても、雲がふわふわとながれていくようであるが、ああ、あれがそうだとわかる。



洞穴からでてくるコウモリは、すべて、見えない円筒の周囲のならし飛行を果たしてから、一団のまま飛び去っていく。それが、私が見ていた三十分の間、断絶する事無く続いた。三十万匹ほどが飛び立つのには一時間ちかくかかるそうであり、ほかの二百万匹とかいるテキサスの別の洞穴では二、三時間かかるところもあるという。



私は、洞穴からコウモリがとびだす場面を洞穴の中から撮った写真を見て、あらゆる方向に、入り口に先についた順番に、一斉に飛び出していくと思っていた。このカールスバード洞穴のコウモリの飛翔は、そのわたしの推定を覆すものであった。いくらコウモリといえど、いっせいに洞穴から出ようとすれば混乱を起こすだろう。私は運動会の入場行進やオリンピックの入場行進を思い浮かべた。まさしく、誰かが指揮していないとこんなに見事な飛び立ちは出来ないはずであると思った。リーダーとか進行係とかがいるにちがいない。見えない円筒の周りを二、三周廻るというのが見事なといってよい、驚異的な出来事であった。中心からひもで引っ張っているのなら、べつに何周してもおかしくないが、自由な身体で円筒を廻るように飛ぶというのは、よほどコントロールが利いていないと難しいに違いない。一糸も乱れず、見事に一団また一団と飛び去っていくのを眺めながら、これは実際に見に来てよかったとつくづく思った。

百聞は一見にしかず。見るまでは、なんにもわからないということの証明のようなケースであった。このカールスバード洞穴のコウモリは私に新しい課題を与えてくれた。それは、この洞穴の飛び出し方が、ここの Mexican Free-tailed Bat に特有のやりかたなのか、それとも、すべての洞穴で膨大な数のコウモリが飛び立つときに、何処のコウモリも実行するやりかたなのであろうか。それを調べたいと思って、コウモリがアメリカのどこに沢山住んでいて、どの洞穴がその観察に適しているかというデーターを示した本を購入し、テキサスのある場所では二百万匹のこうもりが飛び立つということを知ったが、残念ながら、まだ自分の目で確かめるチャンスはない。カールスバード洞穴では夏の間、毎晩、見えない円筒のまわりを何度か廻って、ウオーミングアップをしながら、百人隊長の指揮の下に飛び立つのは事実であり、それはRangerが説明にくわえるほど確実な行動なのである。



私は、あるときカールスバード国立公園内部での“コウモリを養子に”(Adopt A Bat)というプログラムに5ドル寄付をし、“あなたはコウモリを一匹養子にしました。”という証明書をもらったことがある。どこかに紛れこんでしまったが、これは探し出して額に入れる価値があると最近思い始めた。私はかねがね、哺乳類で唯一、空中飛行術を身につけたコウモリに畏敬の気持ちを抱いていたが、この秩序正しい飛翔を見て、ますます、コウモリ畏敬の気持ちは高まった。

〔記2007年5月12日〕村田茂太郎

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