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1/08/2013

「心霊現象の科学」をめぐって-その52 Reincarnation 転生 Lenz Ph. D. 「Lifetimes」 つづき


「心霊現象の科学」をめぐって-その52  Reincarnation 転生 Lenz Ph. D. Lifetimes」 つづき

 このDr. Lenzの本「Lifetimes」の“Beyond Birth and Death”と名付けられた章にあるひとつの話を紹介したい。勝手に引用していいのか知らないが、悪用するわけでないから、許してもらおう。(Page196-206)。

 これは、まるでFictionを読んでいるようで、Lenz Ph.D.がこのように長い記録を受け取ったのか、Interviewなのかわからないが、驚くほど鮮明な過去のLifeの記憶がよみがえったものだといえる。これが信じられれば、Reincarnationはまちがいなく事実だということになり、Lenz Ph.D.が最後に結論として、自分はReincarnationを信じると確認していたのも納得がいくのである。これには、語り手のRemembranceの話だけでなく、事後談があり、さらにLenz Ph.D.も追跡調査して確認したとのことである。

 CaliforniaVeniceに住むPhillip(仮名)と名乗る人から受け取った情報である。引用が長くなるが、大事な部分もあるので、ほとんど全文、訳しながら引用することにする。
中国との戦争中とはいえ、日本軍が女子供を強姦・虐殺した話が男のReincarnationの記憶の中であざやかにでてくる。残念だが、ありえた話である。
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 わたしがはじめてAnneにあったのは、Malibuの郊外でであった。Coast Highwayから少しそれた通りをさがしていて、だれか道を教えてくれる人に出遭わないかと別な道をくだっていた。そのとき、角にパークしたクルマを通り過ごした。その車には若い女性が座っていたので、次のコーナーでとめて、歩いて彼女に近寄った。わたしたちはお互いにほほえんだ。私は、とてもきれいな日であったので、魅力的な女性に出遭ってうれしかった。彼女に道を訊ねると、彼女もLocalの人ではなかったので、何も知らなかった。Montereyに住んでいるが、PsychologyのセミナーでMalibuを訪問しているだけだとのこであった。

 そこで彼はその女性と少し話し合った。彼女はアリゾナの大学をもうすぐ卒業するということで、専攻は心理学であった。衝動的に、私は彼女に私が探している教会に一緒にゆかないかと誘ったら、OKということで、私の車ででかけた。

 私たちは苦労しないで、その教会をみつけることができた。車を出て、歩いた。きれいなところであった。ふたつの大きな建物と三つのちいさなChapelがあった。私は特に地面にひろがっている小さなLakeが気に入った。そこには黒いSwanが何羽か泳いでいた。それは私にははじめての光景であったので、Anneにそれを指し示した。私たちはちいさなChapelの一つに入り、だまって座った。ずっとその間中、わたしはこの女性を意識していた。わたしたちが一緒にいるのはとても自然なように思われた。私には、今、彼女と会ったばかりだとは信じられないほどであった。

 私たちは教会を去り、浜辺に向かった。私たちはあれやこれやと話しながら、浜辺に沿って歩いた。私たちは靴を脱ぎ、1マイルかそれ以上、その浜辺を駆けた。そして砂のうえにしゃがんで海をみつめた。私たちは午後おそくまで一緒にいて、それから私はLos Angelesに帰らねばならず、彼女はMontereyに帰らねばならなくなった。わたしは来週末には友人をMontereyに訪問することになっていると彼女に伝え、泊まる予定の家の電話番号を与え、もしよかったら電話を呉れと伝えた。彼女も電話番号をくれ、二人は別れた。

 私は彼女のことを忘れてしまっていた。彼女が電話してきたときはびっくりしたほどだ。わたしはMontereyにいて、彼女に会った翌週であった。わたしは彼女にここへ来るようにと伝え、友人から道の案内をしてもらった。半時間後に彼女はやってきた。わたしたちはお互いに何かを伝えたいがどうしていいかわからないという奇妙な意識状態にあった。第一、どうして、私たちがこんなにお互いにひきつけられるのかもわからなかった。わたしたちはお互いに全然違ったタイプであった。わたしたちは座ってしゃべりあった。私は正直に、なぜだかわからないが、私は彼女に惹かれるとということを告げたら、彼女は自分もそうだと告げた。1時間後、私たちは別れた。彼女は2-3日したら、アリゾナにかえるとのことで、わたしに手紙を書くといった。

 5か月ほどの間、私はAnneから何も聞かなかった。ある夜、突然、電話の音で目が覚めた。最初、だれからかわからなかったほどである。そして、すべてが思い出され、私たちは30分ほど話し合った。その会話の間中、わたしは心地よかった。わたしの心はすっきりしていて、とても幸せに感じていた。体中が快感でふるえるようであった。わたしたちは、また将来お互いに会わねばならないと同意したが、いつになるかわからなかった。私たちはお互いが避けようとしても避けられないような、運命的なものでまた会うように決められているように感じた。

 電話を切ってから、わたしとAnneが一緒であった過去のLifeが蘇ってきた。最初、それは断片的であった。私は農場や羊、フェンスといったものを見た。それから百姓の着る長いドレスをきた女性を見かけた。彼女は私に向かって野原を横切ってやってきた。彼女は私に向かってやってきて、花束を手渡した。私は彼女の腕をとり、野原を一緒に散歩した。私はそれがAnneの別のLifeでの姿であることを認めた。

 私たちはクルマにもどった。それは古い型のものであった。Museumにかざってあるような。私たちはクルマに乗って道をくだった。

彼女の名前が浮かび上がってきた。それはMartha, Martha Williamsであった。私はMinisterで、彼女はわたしの最も親しい友人であった。私たちは日曜日の午後、コロラドで、一緒にドライブしているのであった。

 今度は場面が変わって、ほかのシーンがでてきた。それは、私がおおきな会衆の前でSermonお説教をしている場面であった。わたしの視点が動いて、私自身を眺めている場面から、私自身の内部、それから群衆を眺めていた。そこには何千人もの聴衆がいた。わたしはこの大群衆を前にお説教をしているのであった。それは夜で、屋外でのことであった。私は自分の声が抑揚を変えるたびに、Up & Downするのが聞こえた。スピーカーをとおして、私の声が遠くにエコーするのがきこえた。Stadiumは松明といくらかの電光で照らされていた。わたしには松明のオイルのにおいが感じられた。それは、Turpentineのにおいを思い出させた。

 群衆に罪と悔悛について話しながら、聖なるSpiritが私の中にいきているのを感じることができた。そして、わたしの言葉に人々は感動しているようであった。それは、まさにElmer Gantryのシーンであった。それから場面が変わって、私は別なところにいた。

 私はまたAnneと一緒だったが、今度は私たちだけではなかった。別の女性がいた。わたしの妻だった。私は妻に、私はAnneを愛していると告げていた。妻は泣いていた。しかし私は妻に別れなければならないと告げていた、私がAnneと一緒になるのはGodの意志だからと感じて。

 そのあと、また別のシーンがあらわれた。私は砂漠でひとりだった。そして祈っていた。わたしはGodのパワーがわたしの体内をとおり、持ち上げてくれるのを感じた。私はいくつもの私のLife、何百もの人生を見た、そして、Godがそれを私に見せることによって、私が彼のために働くことを示していた。私は過去の幾多の人生でSpiritualな人生を送ったようであった。私はGodの仕事を手伝うように運命づけられ、Godを人々の生活に身近に感じさせるようにするのが私の仕事であった。私はただただ質素で、純粋で、心にGodを受け入れることだけを欲していた。その時、私は次のLifeで一層Godに身近になるだろうと感じていた。

 そのあと、また、私はAnneと一緒であった。私たちは国(アメリカ)を去り、ChinaへのMissionariesの一員であった。私たちはそこで長い間住んでいた。私たちはそこの国の言葉を学び、よく身に着けるまでにいたっていた。そこのあわれで、貧しい人々に対して、できるだけのことをしていた。私たちはこれらの貧しい人たちに、二人とも、先生であり、医者であり、牧師であるという役割を果たしていた。貧しさと困苦は私たちには耐え難いほどのものであった。私たちはおおくの地方を旅してまわり、できるだけのことはしたが、やることが多すぎて圧倒されるほどであった。

 私が目撃した最後のシーンは私の心に永遠に焼き付いて忘れない。私たちはアメリカに向かうボートに乗っていた。日本が中国に侵略し、私たちの友人の多くが殺された。私たちは一緒に彼らの遺児たちをつれていた。それは、アメリカで家庭を見つけられるだろうと思ったからである。

 私たちの小さなボートのCaptainが日本の船を見かけた。私たちはそれから逃げようとした。わたしはそれが空しい試みであることを知っていた。私は救われることを祈っていた。私たちは攻撃され、ボートの上のたくさんの人が傷つき、殺された。そして船はそばまでやってきて、私たちは船にひきあげられた。

 あとのことは、語るのが困難なほどだ。それについて考えるたびに私は逆上してしまう。彼らはすべての生き残りの女性をつかまえ、私たちの目の前で強姦した。Anneもそのひとりであった。それから彼らは女と子供を殺した。わたしはAnneを強姦し、殺した男を見た。そして、彼に対して復讐を誓った。彼らは、わたしとほかの男をつかまえ、船の中に入れて縛った。私は彼らの誰かが私たちを強制労働させるためにどこかへつれていくといっているのを聞いた。私はGodがわたしとともにあり、わたしと一緒に働いているのを感じていた。わたしは船にいた間中Godに祈り、何があってもGodに対する信仰を失うことはないと祈った。

 私たちはその夜、逃れだすことができた。ひとりの男が縄をほどき、私たちすべてを自由にしてくれた。私たちには武器はなかった、そしてきっとみんな死んでしまうだろうと思った。しかし、奴隷の生活を送るよりも、闘いながら死ぬほうがよいと感じた。

 私たちは船の見張り番を攻撃して殺した。わたしは彼らの銃の一つを手に入れ、残りのものを見つけにいった。誰かがこの騒動を知って警報を鳴らした。またたくまに、船全体が日本人が這い回っているようであった。私はひとつの通路を走った。目の前にはAnneを殺したJapがいた。私は彼にチャンスを与えなかった。彼を捕まえ、喉を締め上げて窒息させた。どうしてだかしらないが、銃はつかわなかった。私の手でやっつけてしまいたかった。ほんの少しの間で、わたしは彼を殺し、ほかを探しに行った。彼らは私たちを船のうしろに攻めてきた。しかし、私たちは闘った。私はデッキのMachine Gunのひとつを捕まえ、彼らに向かって銃撃した。私はたくさんのものを殺したが、そのうち肩に冷ややかな、燃えるような痛みを感じ、撃たれたのを知った。私の青いシャツをとおして、血が流れ出していた。

 船の上で火事が発生し、爆発音がして、私は空中に投げ出され、水の中に居た。泳ぎながら、多分、無理だろうと感じていた。浮かんでいる箱を見つけ、それにしがみついた。私は長い間浮かんでいた。私はもうだめだろうと思っていたが、なんとか、しがみつき、暗い中で、浮かんでいた。ほかにはだれも目に入らなかった。次の日、私はひとりぼっちで、Sharkが心配だったが、なにもやってこなかった。太陽は焼けるようで、のどがかわいた。しかし、水を飲むわけにいかなかった。遠くに一艘のボートが見えた。わたしが見えないのでないかと心配したが、彼らはやってきて、私をボートに引き上げてくれた。彼らはChineseであった。

 私は回復し、オリエントから脱出した。オーストラリアに行き、しばらくそこに滞在した。それから英国に行き、最後にアメリカに帰った。私は再び説教をはじめ、病気になるまで、六、七ヶ月続けた。私の身体はオリエントでの試練で弱っていた。しばらくして、私は死んだ。

 そのあとは、すべてNormalにかえった。わたしは別のLifeAnneと一緒だったと確信を持った。私はそのあと眠ることができず、夜通し起きていた。翌朝、私は自分の考えを整理し、このRemembrance過去の記憶 が本当であったのかどうかをどうすれば知ることができるかと考えた。

 私は、私たちの前世での名前を憶えていた。私たちがコロラドにいた間に住んでいた町から調査することにした。すべてをチェックした後、Walter Morrisという若い男が1930年代にMinisterであったということがわかった。私はその男の跡を追った。彼は有名なRevivalistPreacher牧師 になり、それからMissionaryで働くために国を出たことが分かった。この点での情報はスケッチふうである、なにしろ中国が、戦争ですべてが破壊されたからである。しかし、私は彼の親戚の幾人かと話すことができた。彼らは私が過去を思い出して知ったいくつかの事実が本当であることを確認してくれた、日本軍の捕虜になったこと、オーストラリアに行ったこと、英国へ、そしてアメリカへかえってきて、死んだこと。しかし、私はだれもMartha Williamsについて知らないのに気が付いた。どの記録にも載っていず、どの親戚も知らなかった。私は、もしかして、このすべてがキチガイじみたことだったのかもしれないと思った。私には理解できなかった。ほとんどあきらめかかっていた頃、Mrs. Crowleyから電話があった。彼女は親戚の一人から、彼女の父親についての情報を求めている人がいると聞いたということであった。そして、もし、彼女でヘルプできることであればと電話してきたのであった。私は、わたしのあの過去の人生で娘を持っていたということなど予想もしていなかったので、その話は青天の霹靂であった。私は彼女に家を訪問して、お父さんについて話してもよいかと訊ね、OKという返事をもらった。私はMrs. Crowleyを訪問するために飛行機に乗って、South Carolinaに向かった。

 彼女は楽しい人物であったが、私が過去に知っていたと思えるようなところは何もなかった。私は彼女に話し始める前に、わたしはまともな、筋道だった人間であることを、そして自分でも理解できない体験をもっているということを告げた。私は自分で納得しようとしているだけで、彼女が私を気の狂った人間と思わないことを願った。

 私は、はじめから終わりまで、すべてを話した。彼女は話の間中、どう感じているかを示さなかった。私が語り終わったとき、私がキチガイだと彼女が確信したにちがいないと思った。私は、おだやかに、彼女が帰ってくれといいだすのを待っていた。そのとき、彼女は手を差し出し、私の手を取った。そして、手をとったまま、何も言わなかった。

 彼女は、私が彼女の父について語ったことはすべて本当のことだと言った。彼は彼女が生まれる前にお母さんと別れて、Marthaと呼ぶ女のほうにいった。Walterが去ったとき、彼はもちろん妻も妊娠していることを知らなかった。きっと、彼が去る前に受胎したにちがいない。

 彼女は一度もお父さんにあったことはなかった。お母さんは父のことについて話してくれたが、彼に対しては苦い感情をもっていて、Walterにコンタクトして、彼が子供をもっているということを伝えようとはしなかった。Walterは明らかに妻に手紙を書き、金も送ったようである。しかし、彼女は決して、一度も、返事をしようとしなかった。ただ、彼女はその手紙を全部保存し、すりきれるほど読み返してはいたのだが。Mrs. Crowleyは、彼女とお母さんを捨てたということで、父親を恨みながら育ったということであった。彼女が彼の死を知ってから、はじめて彼に対してなんらかの感情を抱くようになった。彼女は父の葬式には参加した。(母はその5年前に亡くなっていた)。それからは、彼女は自分の夫や子供のいる家に帰り、彼女が会ったこともなかった父親のことは忘れる決心をしたということであった。

 午後も遅くなってきていた。私たちはお互いを見つめあいながら黙ってすわっていた。本当だったのかしらといぶかりながら。それから、彼女は私に父が母親に送った手紙があるが、見るかと訊ねた。彼女はそれらを保存し、母親に属するものをしまった引き出しに一緒にしまっていた。

 彼女は手紙を差し出した。それらは何度もおりたたまれ、もうバラバラになりかけていた。何ダースもの手紙があり、Walterはあきらかに手紙を書くのが好きだったことを示していた。かれの冒険談の詳細を妻に知らせていた。私は彼の生涯の履歴を知ったわけだ。そして完全にまいってしまった。彼の説教師としての履歴、オリエントでの生活、すべてが、私が記憶で見たとおりであった。しかし、わたしが最も興味をひかれたのは彼がMarthaについて書いていることであった。彼は彼女がどんなに激しく病人や貧しい人に対して働きかけたかと書いていた。そして私は、彼がいかに彼女を深く愛し、尊敬していたかを理解した。

 わたしたちのInterviewは終わるころになった。わたしは彼女に感謝し、もしかして、その彼の手紙のひとつをKeepできるだろうかと聞いてみた。彼女は、もちろん、OKといってくれた、それはいわば私自身が書いた手紙だったのだから。私はなんといってよいのかわからず、もう一度有難うと言って別れた。

 Phillipと話してから、わたし(Lenz Ph.D.)も単独で Mrs. Crowleyと会うことができた。彼女はPhillipが彼の記憶を話したことを確認してくれた。Mrs. CrowleyWalter Morrisが妻あてに書いた手紙を調べることを許可してくれた。それらには、Phillipが記憶で見たシーンと同じ情報が描かれていた。

 When a person’s remembrance makes clear to him why he has specific attitude, talents, interests of emotional responses that are otherwise inexplicable, this information becomes proof for him that his remembrance was real.

 あるひとの記憶・思い出が、それ以外では説明不可能な感情的な反応を喚起するものに対して、なぜ、特別な態度、才能、関心をもつのかを明らかにするとき、この情報は彼の記憶が確かなものであったという証拠となる。
「Lifetimes」 Frederick Lenz Ph.D.
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 ひとつだけ未解決な点がある。この話を信じれば、昔のMarthaが今のAnneということがわかったわけだが、ではこのAnnePhillipは今現在、この時点で、どうなったのかが書かれていない。Anneと会い、話し、電話をきってから、彼の過去のLivesがよみがえってきたとのことであったが、この電話をかけてきたAnneとその後どうなったのか、また一緒になったのか、一緒になるつもりであるということで終わりなのか、なんとなく中途半端な気がする。Privateなことだから、どうでもいいようなことだが、こうして何代にもわたって、いわばSoul Mateとして付き合ってきた人間が、こうして、偶然のきっかけから相手をお互いが見つけた場合、どう反応するのか、結婚したのか、どうなったのか、はっきり書いておいてほしかったと思う。いわば、Happyendの後日談が欠けているように私には思われる。

ともかく、Fictionとして充分に通用するReincarnationの体験談(?)であった。これが本当のことであれば、まちがいなくReincarnationはあるのだということになる。著者Lenz Ph.D.Wikipediaで見ると、なんと、49歳の若さで亡くなったようである。この本は、本当のことが書かれていれば、確かに興味深い本だと言える。
村田茂太郎 2013年1月7日、8日

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