「心霊現象の科学」をめぐってーその79“After the Light” Kimberly Clark Sharpを読む
Kindle版のBookは比較的割安で手に入り、オーダーをすればすぐにDownloadされ、ただちに読み始めることが可能というメリットはあるが、今のところ、線を引いたり、あちこち重要な箇所を見比べながら引用するというようなことができないという欠点がある。そして、読んでよかったから、知人に貸してあげようというわけにゆかない。良し悪しということになる。したがって、最近、私はアマゾンでオーダーする場合も、読み捨て的なものか、Priceが格段に安いとき以外はPaperbackのほうを購入するようにしている。3ドルほど安い程度なら、Taxを入れると4ドルちがいになるが、Paperbackで買うというのが最近の私のやり方である。
この“After the Light”はPaperbackに比較して、格段に安かったから、Kindle版で購入したのだと思う。4日ほど前によみはじめて、今日読み終わった。ほかに読み終わったものもあり、毎日、300ページ近くは読んでいると思う。今日、最初に読み終わったのはRoger J. Woolger Ph.D.の本で、著者はユング派精神分析医で、本当に立派なユング派学者であった。これについては、また別に紹介しなければならない。彼は、すでに述べたCarol Bowmanの本に紹介されていて、私もアマゾン・コムにオーダーしたわけである。まともな、立派な、重い内容を持った本であった。
さて、このKimberly Clark Sharpの本は、Near Death Experience(臨死体験)を書いたものであるが、それだけにとどまらず、Breast Cancerが発見されたあとの、彼女がとった経過が具体的に紹介されたりして、なかなか情報にとんだ本である。非常な達筆で、ジャーナリストの才能があるようであるが、彼女は自分の臨死体験で学んだことを生かして、介護のほうにはいってゆき、死に瀕した患者と接する中で、NDEがあちこちで見られるのを発見し、NDEのSeattleでの探究センターをつくったりして、アメリカ中にその存在をしられるようになった女性である。彼女の臨死体験は1970年、22歳のときに起き、このNDEはまだ一般的には未知の状況で、Elizabeth KublaーRossとRaymond Moodyがマスコミに有名になる以前の出来事であった。
彼女自身は自分のNDEを公開すると、彼女自身の仕事が客観的でないと判断されることをおそれて、自分の体験は公開していなかったが、必要に迫られて告白すると、聴衆はPositiveにとらえ、話題が話題だけに質問も殺到したそうである。
日本の「臨死体験」の書物―立花隆 にも紹介されている、Out-of-Body Experienceのひとつの有力な証拠として世界的に有名になった、シアトルの病院での入院女性Mariaが体験したOut-of-Body Experience (浮遊していて、ビルの何階かの窓際にひっかかっている靴をみつけたという)の靴を本当に探し出した女性看護婦がこのKimberlyであった。この証拠品といえる問題の靴をKimberlyはもらいうけて家にKeepしていたが、いろいろ変動があって、今はどこにいったのかわからないとのことである。
彼女はシアトルを訪れた、臨死体験で世界的に有名になったDr. Elizabeth Kubla-Rossとも会い、Kimberlyも、この臨死体験の領域で、この体験を世に知らしめるのに大いに貢献することになった。シアトルに、世界で始めて、臨死体験について語り合い、研究しあうグループをつくって、その道の専門家のようになった。
看護のほうでMasterを取得し、介護の専門家としてワシントン大学の医学部で看護に関する講義をもつほどで、同時に臨死体験をめぐるさまざまな情報活動に積極的に活躍した。TV, 講演、Meeting。
彼女は臨死体験以降、しばらくは、その体験内容が記憶から忘却していたようであるが、徐々に、すばらしい体験をしたことを思い出し、死ぬことは恐いことではなくなった。この体験のせいか、異常な体験を持つようになった様子で、Demonとみえる不気味な存在に何度かおそわれそうになり、神に祈りをささげて、ヘルプを呼んで、やっと危機一髪で救われたというような話が何度かでてくる。Negativeなエネルギーが存在するらしいのは事実で、それに対しては、Godのヘルプをえることが、彼女には効いたようである。
この臨死体験のせいか、第六感も発達し、最初の恋人の事故死を予兆したこともある。その後、その恋人の男性の霊がしばらく彼女に取り付いて、彼女の様子を見守っていたらしいが、すべてがうまくいったのを見届けて、霊界からさらに光を求めて昇天していったようである。いろいろあったらしい。
39歳で最初の娘がうまれるのだが、その産む苦労も詳しく語られている。女性が子供を出産するということは大変な労働なのだなあと、何も知らない私は感心するばかりであった。2,3年後に、もう一度妊娠したことがわかったが、そのときは、彼女はBreast Cancerで手術の方向にすすんでいたというか、手術寸前になって、妊娠が判明した。いろいろな検査結果、悪性ということで、手術、そしてChemotherapy、RadiationとHeavyな治療が待っていて、子供は産めないとわかった。彼女自身は子供を産めば、あと数ヶ月で死ぬといわれても、産む気で居たが、Husbandが、彼女が死んでしまえば、自分が一人で4人の子供(2人は夫の連れ子)を支えてゆかねばならない、それはとてもできないから、子供をあきらめてくれといわれて、泣く泣く堕胎の決意をし、実行するわけであるが、そうした、悩みの詳細が語られていて、単なる臨死体験だけの話ではなく、半生の記録となっている。小説を読んでいるような展開振りである。まだ生まれていない胎内4ヶ月ほどの胎児に名前をつけて祈りをささげ、教会やさまざま関係団体に母体を守るためにやむなく堕胎をするという通知をし、承認を得て、祈りをささげながら実行したということで、女性が子供を生む、あるいは理由があって堕胎をしなければならないということが本当に大変なことなのだなあと本当に感心した。
彼女は非常にタフでユーモアに富み、悲劇的な状況の中に居ても、まわりの人たちまで笑いにひきずりこむような、Comedianでもあった。
彼女自身の体験のほかに、職業柄、介護の過程で、臨死体験をした人からいろいろな話を聞く機会も多く、そうしたほかの人の臨死体験談も紹介されている。
ともかく、Cancer手術は成功し、事後のHeavyな療法も苦労しながら乗り越えて、癌を克服したようである。臨死体験以来、彼女はなにか困ったことがあると、祈りをささげ、そうするとおおいなる光がAngelsなどを送って、本当に彼女を救ってくれることが沢山あったそうで、彼女の癌の手術の際も、すでにそのNDEの仕事で世界的にしられるようになっていた彼女の手術と回復を祈って、地球上のあちこちで祈りをささげら、その効果があったのか、すべてが無事に終わったと語られている。この祈りの力については、たしかにあるらしいと今では私は信じるようになっている。科学的にも比較実験した有名な研究があり、Plantでもその違いが現れるというのは、今では有名な話である。
この本は22歳で臨死体験をした女性が、そのあと、どのように生きたかを自ら語って、興味深い物語となっている。
村田茂太郎 2014年2月12日、13日
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