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8/28/2018

寺子屋的教育志向の中から - その10 “ワン・チャイルド“(トーレイ・ヘイデン)

寺子屋的教育志向の中から - その10ワン・チャイルド“(トーレイ・ヘイデン) 


信念                ワン・チャイルド“(トーレイ・ヘイデン)       

 

六歳の女の子が、近所の三歳の男の子を誘い出して、近くの植え込みの木にしばりつけ、燃やした。男の子は危篤状態にある。女の子は拘留中。“


 ある日、こんな記事をトーレイ・ヘイデンは読んだ。情緒異常児や知恵遅れの子など、特殊学級を専門に扱っていた彼女のところに、この六歳の女の子が送られてきたのは、それから間もなくであった。理由はともかく、六歳でこんなに凶暴な犯罪を行った少女には、どこにも行く先はなく、州立の精神病院が完成したら、そこへ放り込まれて、一生その中で過ごす事が運命付けられていた。病院完成までの期間、特殊学級専門の彼女の教室に、仮にとめおかれることになったのであった。


 ひとことも喋らず、一度も泣かず、ただ憎悪に満ちたまなざしを向ける少女の固く閉ざされた心の扉を開けるには、どうすればよいのか。母親にハイウエーの路上に捨てられ、アル中の父親に虐待され、一度もやさしく、暖かく、愛された事のない六歳の少女にとっては、すべてが敵であり、もう既に、完全な人間不信の状態に追い込まれていた。


 ほとんど救いようのない絶望的な少女の心に愛を育て、少女の持つ知能指数百八十という天分を開花させ、最終的には、単独で法廷に出向いて判決を変え、少女の将来を、建設的な方向へと救い出すことに成功したのは、著者トーレイ・ヘイデンの驚くべき忍耐心と、教職への献身と、不幸な少女への限りなき愛であった。


 そして、私が最も感嘆したのは、困難な情況にあって、あくまでも希望を失わず、少女への愛のための格闘に邁進する著者の精神力であった。読みながら、私は、自分はここまで執拗に食い下がり、徹底する事が出来るだろうかと問うてみた。すぐ傷つき、消耗しやすい私にとって、この著者の全く逞しいばかりの忍耐力と教育への信念、そして人間に対する愛情は、真に賛嘆に値するものであり、私を勇気付け、励ましてくれるものであった。そして、こういう女性がいるアメリカという国は、やはり立派なものだなとも思った。一方では、子供達への恐ろしい虐待が常習的に起こっている怖ろしい国ではあるが。


 この少女シーラに限らず、過去の怖ろしい体験によって、情緒不安定となり、外界に対して心を閉ざしてしまい、一見すると、絶望的な精神病患者に見える子供達・問題児達は、きっと、誰かが、やさしく、忍耐強い、本当の愛の力で、根気よく、失われたカギを探し出し、堅く閉ざされた心の扉を開けてくれる事を待っているに違いない。そして、その誰かは、一人ひとりのかけがえのない生命を大切にする、本当に忍耐強く、愛と希望に満ちた人間なのだ。トーレイ・ヘイデンは、彼女の愛と忍耐で、困難な情況にある少女の心と真剣に対決し、そうすることによって、はじめて一人の少女の生命を、暗く果て無い精神の病棟から救い出すのに成功した。この本は、その闘いの記録であり、一つの偉大な人間教育の書といえる。


 私は、短期間に、トーレイ・ヘイデンの著書を続けさまに全部読了した。”Somebody Else’s Kids”, “Murphy’s Boy”, “One Child”, と、小説 “Sunflower Forest” である。小説のほうはともかく、他の二著も、驚くべき内容に満ちた、感動的で、また、怖ろしい本である。“怖ろしい”とは、子供達への虐待が、異常なまでに残酷であり、しかも、これが例外なのではなくて、アメリカでは現にアチコチで、頻繁に起きていることだからである。


 青少年の家出が年五十万人といわれる怖ろしい国であり、その10%は帰ってこず、行方不明のままである。その中には、もしかして、離婚した夫婦の間での、子供の取り合いも含まれているかもしれない。いずれにしろ、ほとんど毎日のように、行方不明の子供の写真を載せた葉書がメールされてきたり、マーケットのバッグにのっていたりするのを見ると、この偉大な国アメリカの汚点がハッキリと示されているように思われる。


(“One Child” BY Torey Heyden           AVON Books $3.50 1986年)

“ワン・チャイルド”は、児童教育や問題児教育の領域で、マスターズ・ディグリー(MA)をいくつかもち、ドクター・コースにも属していた特殊教育の専門家トーレイ・ヘイデンの体験をまとめた、激しい情熱に満ちた書であり、教育関係者や教育や養育に関心を持つ親にとって必読の書といえる。

(完              記 1986年12月9日)村田茂太郎

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