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2/22/2021

私のブログ公開 Blog Anniversary Day 2月22日 の感想

私のブログ公開 Blog Anniversary Day 2月22日 の感想

 2月22日、今日は私のブログをスタートした記念日である。2012年2月22日、こわごわ私のブログを作成、Openした。そしてもう9年経った。

主なテーマは6つほどあり、

1 私の教育論。 主に拙著 「寺子屋的教育志向の中から」から漏れたエッセイ(主にあさひ学園で生徒指導中に書き上げたエッセイ)などをOpenするつもりであったが、のちに拙著も何回かに分けて全部コピーしてOpenした。あさひ学園での教育の機会は私に改めて”言語と文化”の問題を開示し、国語教育とくに中学教育の重大さを認識した。そして同時に高校国語の漢文教育の重要性を確認した。

2 それ以外の私の読書論、感想文など

3 心霊現象の科学 をめぐる私の感想・紹介文。これが教育論と並んで最も重要な私のブログとなった。最終的にはAfterlife あの世に関する探究である。臨死体験者の話やサイキック(Medium)の話などから、最終的に、Soul 魂は存在し、この世での人生は、魂が様々な経験を積むために必要で、肉体を喪失した次の次元に移行すると 個人は意識、記憶、個性、その他ほとんどすべて保持した魂として存在することになるが、この世の在り方次第で、スムースに次の次元に移行できる場合とそうでなくてEarthbound 幽霊的な、成仏できない在り方を強いられるケースがあるといったことが私にわかり、人に紹介しておきたいと思ったわけで、2015年12月末で一応、ブログとしては終わった。そのあとこの領域に関しては何も書いていない。しかし私の関心はまだ広がり、続いていて、意識やエネルギー、物質との関係や次の次元での魂の在り方など興味深い領域はまだまだ存在している。現代はある意味では無常が実在している世界で、テロや事故、事件に遭って、人間いつ何時死ぬかわからない状況に居る。子供であっても悲劇に出遭う可能性は強いことは世の中を騒がすニュースが示している。そんなとき、私は子供といえどもAfterlife(あの世)や次の次元の在り方を知っておくことは大事で、突然、肉体をなくして意識があり、どうしていいのかわからない状態に陥ることがないように準備しておくべきだと思う。私のスタンスは、もし死んで無であれば、それでよい、もし無でなく、肉体がないだけで、意識も記憶も個性も保持しているということがわかったとき、どうすればよいか。間違った、教会組織のドグマに染まった人間は、地獄を恐れて、まだ幽霊状態の方が良いと判断し、親の魂が助けに行っても逃げ回って、魂の救済もできないとか。ということで、この領域は大事な問題をはらんでいる。

4 我が家の犬猫。 我が家のCompanions犬猫の生態を友人たちに紹介。そして同時に私に喜びを与えてくれる、かけがえのない存在/伴侶を興味のある人に紹介。犬猫は私の生活に喜びを与える大事な伴侶で、犬猫の存在を無視して私の生きる喜びも何もないといえるほどである。友人に私の健在を証明する一つの大事な資料の役目を果たしている。一時、毎日、写真を紹介していた時もあったとわかった。写真入りのこのメモは9年の間に膨大な量に達し、Word Filesにコピーして、大事な思い出のアルバムとなっている。Digital Cameraの時代でなかった昔の犬猫の写真は今に比べて量ははるかに少なく、まさに記念写真的。今のDigital時代の長所を最大限に活用しているのがわかる 我が家の犬猫 の生態である。

5 SFV Bonsai Club 月例会・盆栽ショーなどの紹介。ワイフのすすめで始めた盆栽クラブへの参加であったが、私はまじめなメンバーで、ほとんど会合を休んだことがない。盆栽技術的に全然上達しないが、この場でみなさんと会話をするということが私の精神衛生上大事な役目を果たしていると確認することができた。経理も担当して、私の経理の知識と経験を生かすこともでき、みなさんとおしゃべりをしたり、みなさんのおしゃべりを聞くということが人間に必要で大事なことだと確認できた。今はコロナ禍のもと、去年、2020年、2月の会合を最後に休会状態で悲しいことだ。コロナ禍が早く収まり、メンバーの皆さんと会える日が早く来ることが待ち遠しい。

 私の旅の写真紹介。 別に上手な写真家というわけでないが、私が楽しんだ自然の紹介を目指したもので、当初は私がエルパソ時代に親しんだAmerica Southwest アメリカの南西部 を紹介しようとしたものであったが、Arizona, New Mexico, Utah, Nevada, Colorado, West Texas そして Californiaの自然を紹介するだけでなく、エルパソの友人のおかげで、私が改めて日本の自然の美しさ、素晴らしさを味わえた日本各地の自然・名所・旧跡の紹介。つまり私が訪問したアメリカと私が訪れた、限られた日本の自然の紹介。地球の歴史や宇宙の歴史を学ぶにつれ、地球上の生命体がBig Bang以来の歴史を秘めているということが確認され、地球の美しさ、すばらしさを確認することで本当に生きている喜びを体験。


 ということで、この9年間、本当に私はブログを書き、公開することを楽しみにしてきた。これは人が読む読まないにかかわらず、私の大事な外部世界との交信の場であり、この場を通して私は実世界とつながっていると感じることができた。

 そして書くことによって私は自分を確認することができた。大事な場となっていたわけである。心霊現象の科学に関するブログはまとめてWord Fileにしたが、最近、我が家の犬猫 や SFV Bonsai Club に関するブログも私はWord Fileにまとめだした。9年もたてば塵も積もればということで、かなりのVolumeになるとわかった。我が家の犬猫 の場合、本当に私を喜ばせてくれた犬猫の存在の重要性を写真をみて確認することができた。

 最近、HanaとThumperは老化が顕著で、同時に病気もちであり、散歩も以前ほどの活力は感じられなくなって悲しい思いをする毎日であるが、このブログに公開した古い写真を見ることで、どんなに彼らが私の毎日を楽しませてくれたかを確認することになり、感謝の気持ちでいっぱいである。Afterlifeを勉強した私は、今や彼ら犬猫が私の次の次元への移行時に迎えに来てくれることを疑わない。旧い犬猫との再会も楽しみである。死は恐怖でなく楽しみであるということが私がたくさんの本から学んだことであり、私の知識を通して、他の人たちにも役に立っているということがわかった。

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  たとえば、私が日本を訪問した時、義兄がこういう質問をした。私が心霊現象の科学に詳しいと知ったうえでの質問である。「こういう話を聞いたー2011年の東北大震災でたくさんの人が突然命を亡くした。それからしばらく経って東北のタクシー運転手がお客を乗せたら、若い女性で夏なのに冬服を着ていて、ドライバーに”わたし死んでいるのでしょうか?” と訊ねたという話で、これに似た幽霊談がたくさんあるとか。」どう解釈すればよいのかという質問である。まさに私が指摘するポイントで、死んで肉体が亡くなるだけで、意識も記憶もある、したがって生きている身内や友人に接触しようとする、しかし肉体がないからサイキック以外の人間にはわからない、そこで「わたし死んでいるのでしょうか?」といった質問になる。多分、このドライバーはSensitiveな人間であったのだろう。すべてのドライバーがEarthbound Spiritに遭うわけではない。この話しかけたSpiritはドライバーがサイキックだとすぐにわかったから話かけたにちがいない。まさに死んで肉体が亡くなっただけで、意識も記憶も保持している状態。ではどうすればよいのか。ここでこの心霊現象の科学に関する知識が役に立つ。「あなたは死んでいるのだ。この地上をさまよっていないで、先に亡くなった肉親や友人の居る方向、光を目指して次の次元に移行しなさい。」というのが大事な指示で、仏教でいう、まさに「引導を渡す」ということ。次の次元に移りなさいということで、次の次元に移れないと地上をさまよう幽霊となって永遠にさまようことになる。地獄を恐れる魂は光を目指すことができず、いつまでも灰色の世界をさまようことになる。地獄などはない。自分がしたことに対する相手の反応が自分の地獄になるー相手の苦しみ悲しみがわかって、それからのがれられないということが魂にとっては地獄といえるということのようである。

 9.11のテロによる突然の死を体験した魂はあの世にたいする知識も準備もなければ、まさに地上をさまよう魂となる。したがってサイキックの中には、そうしたさまよえる魂の救済を行ってきたひとが沢山いるようで、それも大事だが、救済される前に知識を蓄えて、自分で何が起きても対応できる準備はしておきたいというのが私の教育方針である。

 ということで、最近、義兄がなくなったが、まさに何の不安もなく大往生であったということを聞いた。私の知識が義兄の精神の安定に役立ったということで、まさに「知識は力なり」ということであった。姉も死ぬのは恐くないといい、私も先に亡くなった猫(姉がかわいがっていた)に会えるよという。

村田茂太郎 2021年2月22日 私のブログ公開記念日

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