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8/17/2025

我が家の犬・猫 ― 2025年8月17日 CheChe チチのAdoption記念日

 我が家の犬・猫 ― 2025年8月17日 CheChe チチのAdoption記念日 

 2023年8月17日 San Fernando Valley にあるWest Valley Animal Shelterを訪れてCheChe チチ (雌犬 約10歳)をケージのなかにいるのを見つけて、すぐにAdoptした。Over 10 years oldでSenior Dogと書かれていた。Blind・メクラそして皮膚病で皮膚があれていて、肺も悪いのかよく咳き込んでいた。

 2023年8月9日にBuster・バスターAdoptした時、ほかのケージのなかに白くかわいい犬がいるのを見つけ、それもBusterと同時にPick Upしようとしたら、ID Tagがあるから1週間後にまだOwnerPick upしなかったら、OKということなので、Buster Adopt から8日目にもう一度Shelterを訪れた。するとやはりID TagOwnerが現れて、引き取ったとのこと。そこでShelterの小さなケージを見て回って、CheCheが、小さなケージのなかでしょんぼりしているのを見つけた次第。

 チチはケージのなかで4日ほどおり、メクラでいろいろなHandicapを持っていれば、1週間で処分されるところであった。

 これもBusterのおかげで、私はCheCheAdoptすることができた。

 今やShelterから引き取って2年目を迎えることになる。同じ8月にAdoptしたBusterが2年もたなかったのは本当に残念である。悲しい。

 Checheは1年目はBusterと一緒にO’Melveny ParkEquestrian Trailを歩いたものであった。しかし今はそれは無理である。

 Checheは目が見えないだけでなく、後ろ足が両方とも引きずるようなかたちで、まともに歩けなくなった。したがって、今はほかの仲間とBee Canyon Park, へ行っても、クルマの近くの芝生の上で、座ってじっとしているだけ。それでもほかの犬のにおいや自然のにおいがあるので、気分もいいだろうと時々連れてゆく。

 今はChecheの皮膚が心配である。人間も痛みは我慢できるが、痒いのはタイヘンである。Checheも皮膚があれていて、時々我慢できないほど痒くなるのか、夜中でもヒーヒーと悲鳴を上げることがある。そういう時は夜中の1時でも2時でも起きて、Brushingをし、荒れた皮膚にメンソレータムを塗ってやる。しかし、一時的であまり効果はない。可哀そう。ワイフが生きていたら、可哀そうだ、眠らそうというのは間違いない。眠らすは聞こえは良いが、事実は毒殺である。メクラの人間にかわいそうだ、眠らそうなどとやれば、これは殺人である。犬猫は訴えないが、やはり眠らすというのは最後のどうにもならないときだけで、ふつうは努力して苦しまないような治療を考えるべきだと思う。

 Checheは三銃士の中で一番食欲があり、トイレに出すため抱いてやると、その重さと温かみが心地よい。頑張らねばと思う。良い獣医を探して、あと5年、苦しまないで頑張ってほしいと思う。

 アマゾンでCold Laser というのを購入し、最近、皮膚があれて痒がっているCheCheにLase Beamをトライした。あまり効果を信用していなかったが、二日前、皮膚が乾いて、ただれていないのを見つけ、これはもしかして皮膚に効果があるのかもしれないと真面目に昨日は5分を2回トライし、別に嫌がるわけでもなく、おとなしいので、夜また5分2回トライした。もしかして信用できない獣医に金を払う必要がないかもしれない。ともかく、かゆいのは人間でも痛みより苦しいから、このLase beamで皮膚がきれいになればベストといえる。これからまじめにApplyしよう。

 Cold Laserが効くのか、昨夜はチチは悲鳴を上げずおとなしく眠った。これはすばらしい。夜中の1時・3時にヒーヒーと泣くチチが可哀そうで、メンソレータムやBrushingをしていたが、もちろん一時的で治ったわけではなかったが、このCold Laserは皮膚がドライになっているので、本当に効果があるということかもしれない。チチがかわいそうで、なにか良い治療方法がないかと悩んでいた私に現れた最良の治療法かもしれない。今日は背中だけでなく、おなかもトライしよう。毎日、30分のCold Laserで皮膚が治り、かゆみがなくなれば最高である。どうにもならないと思っていたCheCheの治療に希望が持てるようになった。本当にうれしい。

村田茂太郎 2025年8月17日 日曜日










































8/09/2025

我が家の犬・猫 ― 2025年8月9日  Busterの思い出

 

我が家の犬・猫 ― 2025年8月9日  Busterの思い出 

2023年7月19日 ハナの思い出 は Hanaの命日である。

2023年7月31日 サンパーの思い出 は Thumperの命日である。

 さて 2025年8月9日 はBusterAdoption Day である。命日ではない。Busterの命日は2025年3月9日であって、すでにその突然の死をめぐる私のショックにつては書き記した。

 今、BusterAnimal ShelterからのAdoption day を迎えるにあたり、あまりにも短かったBusterとの思い出が鮮やかによみがえる。

 私の予定では少なくともあと5年、17歳か18歳まで生き続けるはずであった。

 しかし、BusterAdoptionの日から、心臓が悪く、オスだけれど避妊手術はしていない、手術をすると死ぬかもしれないということであった。したがって、心臓が弱く、心臓麻痺で死ぬ可能性はすでにAdoptionのときにわかっていた。

 ところが、どうしたことかBusterは心臓が悪いなどという話は嘘のように、私の家の住人になると元気いっぱいはしゃぎまわり、家の近くの散歩も今までのHana, Thumperと違って、飛び跳ねる調子で、30分以上かかった散歩を駆け足で25分で済ませるありさま。私は時に追いつくために駆け足にならねばならなかったほどである。

 そんなBusterShelterの医者の予想通り、たったの1年7カ月で急に心臓病で死んでしまった。私にとってはものすごいショックで、2-3日は茫然として何も手につかない有様であった。

 Busterは私の膝の上に抱かれるのが好きであった。そして毎日、25ポンドの身体を私が抱きかかえ、Busterに バスター!お前とは縁があったのだね。お父ちゃん(私)と二人で頑張って楽しく生きようね!というのが毎朝の行事の様なものであった。

Busterが我が家の家族になったその月に私のアメリカでの人生最悪の事件が我が家で起こった。すでに報告済みであるが、簡単に述べると、夜中、真っ暗な家で突然、ドアーを蹴破る大きな音がして、真っ暗ななかから、大男が現れ、向こうも私がすぐ近く似たのでびっくりしたのか手に持った催涙のスプレーを私の顔にぶっかけた。当然、私は目が見えなくなり、急いでBathroomに逃げ込んだ。

 そのとき、ワンワンと騒ぎたてたのはBusterであった。侵入者があらかじめもっていた情報では、老人が一人、アラームもない家に住んでいて、2匹の犬は最近居なくなったようである ということであったと思う。なぜなら、隣の家が1年以上にわたって大掛かりな工事をやり続け、作業人がしょっちゅう出入りしていたわけで、その仲間が情報をまいたに違いない。

 ということで、危うく拷問され、殺されたかもしれない状況を救ったのは、まだ家族になったばかりのBusterの叫びBarkingであった。これを、侵入者は聞いていた情報と少し違う、これはやばいと思ってすぐに逃げ出したに違いない。警察や消防車はすぐやってきたが、一人では行動しないということで、30分以上何もしないで待っていた。犯人はゆうゆうと逃げ去ったはずである。

 

 ということで、シェルターから引き取って家族になったばかりのBusterが私の命を救うという関係が生まれた。私はBusterを抱っこしながら、君とは縁があったのだね、がんばって楽しく生きようねと毎日、Busterにささやいたのであった。

 それが1年7カ月で終わるとは私も想像できなかった。Busterとの生活は明るく楽しく、ある時期は私とBusterは朝の6時過ぎあるいは7時前にBee Canyon Park, へ散歩に行ったものであった。

 今、Bernieが起きるのが遅く、9時10時を過ぎて散歩に行くことを思うと、Busterの早朝の散歩が信じられないほど楽しかったと思う。

村田茂太郎 2025年8月9日 Buster Adoption Anniversary


















8/02/2025

我が家の犬・猫 ― 2025年7月31日  Thumperの思い出 2025年8月2日

 

我が家の犬・猫 ― 2025年7月31日  Thumperの思い出 (2025年8月2日)

 2年前にHanaが亡くなったように、同じ月、Thumperも亡くなった。2023年7月31日。

 私にとってはDouble shockであった。

 ThumperDiabetes 糖尿病を患い、亡くなる2-3年前にはもうメクラであった。

 Hanaはワイフが見つけて村田家の家族の一員となったが、Thumperもワイフが、Hanaひとりでは寂しい、かわいそうだ、相棒が必要だということで、West Valley の Animal Shelterを訪問し、ちょうど散歩帰りのThumperをみつけて、良いサイズだとワイフがいい、またAdoptすることになった。

 名前はワイフが坂本龍馬の龍にしようとリュウと決めたが、犬の方でなかなか覚えず、元のShelterでの名前 Thumperをそのまま使うことにした。

 獣医に名前を伝えたら、クスクス笑ったので、あとでInternetで調べて、Disney映画Bambiに最初に出てくるリスの名前がThumperで、足踏みをするところ Thumping からきた名前のようであった。

 それがHanaの仲間のThumperであった。

 Thumperは優しい犬であった。どうやらShelterにくるまでにひどい目にあったのか、トラウマがながいこと続いた。

 Shelterから引き取ったときは体重は約26ポンド、ムラタ家に来て体重は50ポンドを超えた。ワイフが太りすぎだ、それで死んだらお前のせいで恨むぞと恐いことを言ったほどである。ワイフはScience Dietのドライフードに、必要なものはすべて入っている、これだけで充分だとの意見。あとで獣医の研究でわかったことは、Golden Retriever というきれいで優しい大型の犬の寿命が以前は15年ほどであったのが今や10年以下になったとか。その理由は、飼い主がみなDry Foodだけやるからという。ほかの大きな犬も同様で、寿命が15年から10年以下に縮まった。大型犬はいまや10歳以下の寿命だという。

 さてThumper。なぜ優しいか。Hanaは犬を追いかけるのが好きで、Dog Parkに連れて行ってもほかの犬を追いかけるのが常であった。

 そしてHanaは自分の2倍のサイズのThumperを裏庭で追いかけ、レスリングをして遊ぶのが好きであった。Thumperはおとなしく逃げるふりをしてHanaに追いかけられ、転んで遊ぶのが得意であった。

 実は何があったのかThumperにはトラウマがあった。そのことはこのブログですでに説明したと思う。元の飼い主がThumperを置き去りにして家を出て、Shelterの野犬狩りが保護したという。

 当初はともかく小さな犬でもどんな人でも怖がって逃げようとしていた。我が家の家族の一員になってThumperはその後の犬生を幸せに生きることができたと私は思う。Thumperといえば、優しかったなあというのが私の思い出の最初の印象である。

 最後の2-3年は Diabetes糖尿病のため、メクラで大変であった。インシュリンの注射は、私が毎日、朝晩、注射し、毎月150ドル以上支払い、計何千ドルの出費であったが、その価値はあった。

 Hana, Thumper と私は良い思い出でいっぱいで、たくさんの写真を撮ったが、Photo Frames やComputerのBackgroundでSlide modeで出てくるので、毎日、HanaやThumper そして Eureka-I に感謝している昨今である。

村田茂太郎 2025年8月2日