わたしは学生のころ、吉田山の裏手、吉田神楽岡のアパートに住んでいたので、銀閣寺や法然院はすぐ近くでした。しかし、当時はベトナム反戦運動と大学闘争が日本全体をゆるがしていて(?私の内部だけ?)、京都の寺社観光などというムードではなかったため、今から考えると、せっかく京都の町に下宿していながら、なんと”もったいない”ことをしたことかと、すこし残念な気がします。銀閣寺は多分、一回訪れただけ、法然院のほうは哲学者九鬼周造のお墓があったりして、何度か訪れたものでした。銀閣寺のおくの道から登っていく大文字山には春夏秋冬計10回登りましたが。
エルパソで生活するようになり、アメリカの裸の自然、荒涼としたMonument ValleyやSouthwestの自然になじむにつれ、雨が多いために緑と渓谷の美しい日本の美をとくに強く感じるようになりました。ゲーテは外国語を知らないと自国語もわからないといいましたが(ゲーテ自身はドイツ語だけでなく英語、フランス語、イタリア語、ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語その他を充分よく知っていたようです。)、自国の自然美についても同じことが言えると思います。もともと、日本は自然が美しいところだと思っていましたが、世界で一番美しいところではないかと思うようになったのはアメリカ南西部の自然に接してからです。「ロシヤにおける広瀬武夫」の紹介文で引用しましたが、19世紀明治の日本をおとずれたロシア海軍の軍人が、ほんとうにこの世にパラダイスがあるとしたら、それはJapanではないかと広瀬武夫の恋人であるロシア貴族の女性の兄に言ったという話ですが、本当にそうだと私も思います。戦時中の軍国政治の時代ならともかく、いまはデモクラシーも浸透して、ほかのデモクラシーの国(イギリス、フランス、アメリカ、カナダ、スイス・・・)などと同様、個々に小さな犯罪が発生しても、合法性が支配している、安心できる国という意味では、日本も梅棹忠夫が「文明の生態史観」で展開したように、ほかのデモクラシーが未確立の国々にくらべて、安心して生活できる国、そして見事な、変化に富んだ素晴らしい自然が国全体にひろがっている、まさに地上の楽園に当たる国です。最近は、いろいろ信じられないような犯罪が多発して、日本はどうなっているのか、しっかりしろといいたいほどですが、根本的に平和を愛好するすばらしい国であり、国民であり続けると思います。
そして、そういう外国を知った目で日本を見るようになり、京都や奈良の美しさ、文化的な尊さ、史跡・遺跡に見られる文化の高さを見直すようになって、日本美を再発見するようになりました。銀閣寺も有名な建物周辺よりも、小高くなったTrailや苔、樹木のたたずまいに、今まで気がつかなかった美を認めるようになりました。私は学生時代に桂離宮、修学院離宮とそれぞれ3回ほど参観する機会がありました。そういった特に有名な庭園だけでなく、無隣庵とか、さまざまな寺社庭園がそれぞれすばらしいものを保持しているのを知り、ときどき日本を訪問するときは必ず、京都や奈良その他日本国中を見て回るのが楽しみになりました。
ともかく、緑が美しいのは本当に素晴らしいと思いました。
村田茂太郎 2014年10月26日
銀閣寺庭園、Kyoto 東山, Japan |
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